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60歳からの古本屋開業 第5章 第1回 Apple書房 最高経営企画会議(1)

登場人物
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ
赤羽修介(あかば・しゅうすけ) 赤羽氏。元出版社勤務のおやじ


いきなり、方向転換。

 蔵書見学ツアーから戻った二人。
 赤羽あかば氏は早速、撮影した写真をもとに書籍データの作成に取り掛かった。
 写真を見て一つ一つ、タイトルを入力……、うわー、そんなの最初から無理。
 OCRでテキスト化して、そのテキストからAIがネット書店データを検索して、ISBN(それぞれの本に割り当てられている国際的ID番号)と内容説明(いわゆる書誌データ)を引っ張り出す。
 これぞ、省力化!
 しかし、赤羽氏のこのアイデア、なんとなくできそうだが、実現にはまだまだ時間がかかりそうだ。
 大企業の研究所に勤める、頭おかしいんじゃない?というくらい頭のいい人に相談しても、研究段階というお答え。こんな論文が出ていますよ、と紹介されたけど、すぐに応用できないことだけはわかった。
 大がかりなものでは、図書館の蔵書を背表紙撮影だけで管理しようというソフトが京セラから発売されたばかり。
 当然だが、初期投資+毎月の利用料で、とんでもない金額になる。
 その他、ネット上には、背表紙画像+OCRの可能性について書かれた記事も散見されるが、素人が無料で簡単にできてしまうという便利なものは見当たらない。
 だいたい、縦書きタイトルに横書き出版社名が混ざって、立てられている本と寝かされている本が混ざり合って、半分ちぎれた帯が重なっていて著者名が半分しか読めないものもあり、難題山積だ。
 それを全部理解するAIじゃないと、結局ヒトが手助けすることになる。これは二度手間というものです。
 とりあえず冷凍催眠しておいて、覚醒方法はいずれ誰かが発明してくれるだろう、といった場当たり的なプランだが、実作業開始は、もうちょっと待とうという話になった。いずれ、もっと暇になるときも来るに違いない。いい加減、年なんだから。
 赤羽氏は身の振り方が軽い。
 そうだ。もっと他にやるべきことがある。

人気サイトを作ってしまうのだ!

 そう、蔵書整理の前に、Apple書房の名をもっと世間に広めてしまおう!
 人気サイトを作ってしまうのだ!

 というわけで、新時代の古本屋Apple書房(ちょっと言ってみたかっただけ)のショップづくりを進めていくうえで、当面の行動目標を古本の収集、書庫探しの旅から、
「まずはApple書房のサイトをたくさんの人が観てくれるサイトに育てるのが先決!」
と果敢に方向修正した我々、赤羽氏と夏井の二人。
 さっそく最高経営企画会議を開催する運びとなった。

 いつも打ち合わせと称して飲んでばかりの二人だが、せっかく書店名を決めたのだから、これからは「Apple書房 最高経営企画会議」と呼ぶことにした。だから、これが第1回会議なのだ。

 通常この手の会議は資料の準備もするし、緊張もするものだが、もちろんApple書房最高経営企画会議に、そんな心配はない。
 日付と集合場所を決めるだけ。
 最寄りの駅に金曜日の午後三時に集合すると、
「さーて、今日はどこに行きましょうかね」
「今日はどこですかね~」
などと、いい歳してうれしさが隠し切れないほくほくした表情で相談。
 2~3のお店の候補の中から、その日の気分や腹具合に合ったお店に、いそいそと入る。
 金曜日の午後3時と言えば、世間はまだまだ仕事の真っ最中。
 しかし、赤羽氏は、基本的に金曜日は休日。
 私も午前中にきっちり仕事(というか、ちゃんとやれば午前中で楽勝に終わってしまう仕事)を終わらせ、午後は会議のために体調を整えて、はせ参じるのだった。
 まあ、もう40年以上も働き続け、たまに経費で飲みに行ったり、仕事中と言いながら競馬に行ったこともあったけど、犯罪も侵さず子供を育て、ローンも払い続けてきたのだから、このくらいのことをしても良いのである。

「面白かったのは覚えてるけど、何話してたんだっけ?」
 いつもなら、酔っ払い特有の反省無き飲みを繰り返す私たちである。
 しかし、さすがにその日は、きちんと話したことを記録として残すべく、財布とスマホと文庫本に加え、メモ帳もバッグの中に入れてある。
「さて、どんなコンテンツ作っていきましょうね」
 いつものように私は生ビール、痛風が気になるお年頃の赤羽氏は一杯目からウイスキーのハイボールで乾杯を済ませ、いつもにはない生真面目さ、と言うか、酔っぱらわないうちに話しておかなきゃ、という思いから、早速、私から話題を切り出した。
「そうですね。何がウケるのか、何が観てもらえるのかなんて、漠然と考えたら難しくなってしまうんですが。古本屋に来てくれる、本に興味を持ってくれる人に来てほしいと思ったら、だいたい見えてくるように思うんですよね」
 さすが、私にもわかる言葉で、ちゃんとしたことを言ってくれる。
「まあ、そうすると、対象は50歳代から上の本好きの男性ということになりそうですよね」
 私は目の前のビールをごきゅっと飲む。
「そうです。つまり自分たちと同じか、その上下の世代」
 赤羽氏は到着したコロッケの一つを自分の取り皿に移す。
「なるほどね。ということは、あんまり難しいこと考えないで、自分たちが面白いと感じるあたりのことを、まずは素直に発信してみると」
「そうですね。とにかくこの手のものはやってみないとわかりませんしね」
「本の出版となると原稿料だ、印刷代だと、なかなか気軽に『やってみましょう!』なんて簡単にいきませんけど、サイトだとやれますしね」
「そうそう、とにかく早くやってみることです」
「そうかそうか、そうですよね。うんうん、それは楽しそうだ」
 乗せ上手、天才赤羽氏の手にかかれば私など赤子同然。
 軽く手をひねられるように、簡単にうれしい気持ちとなり、とたんに未来は広大に拓け、「そーか、そーか」とたちまち万能感に包まれ、すでに事が成ったような気分となり、残り3分の1になった生ビールを飲み干すと、
「お兄さん、ここ、ハイボール1つお願いします」
と早くも幸福モードに突入するのであった。
「そうなるとまず、自分たちが良いと思って書いたりした過去の素材の中で自由に流せるやつを掲載するのもありですね」
「ありです、ありです」
「そうかそうか、えーと、どんなのが、あったかな」

(つづく)


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