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ノマド女子大生22 私は個人の欲が見えたものが好きなんだと思う。

本日は!

働き納めです!!!

約20日いた福井もついにお別れ。あしたで最終日です。

ビジュアルを崩壊させまくりながら働いた日々ももはや懐かしいですね。

さて、そんな最終日の作業はというと

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摘☆芯!!!!!

最終日にして雨の中ぬかるみに浸かりながらひたすらに芽を摘み取るという地m大切な作業。

この顔である

植物たちは私のスケジュールなんぞ待ってくれないのです。

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足腰を崩壊させながらの摘み取り作業。

ふと、作業がてらのっちさんに聞いてみました

「てか、のっちさんは私みたいな体して役に立てる訳でもない大学生を雇ってよかったんですか、、?」

実際、私ってかなり仕事覚えるの遅いし、一緒に働いてる熟年の方々と比べると使い物になるのか?とは思う。

でものっちさんは今後シェアハウスもちゃんと作って私みたいな短期の農業にたずさわってみたい人をアルバイトとして受け入れたり、若者をつどらせようと思うのはなんでなんだろうな〜って、ふと

「ん〜なんねやろな、でも農業に未来があるようにかな」


「でも俺はもともと子供の頃から農家になるつもりやったんよ。おじいちゃんが菊農家をここでしていて、どこかでそういう仕事の継ぎ手が少ないっていうことを知って、あ、継ご。って小学生の頃には思ってて。そのまま京大の農系の学部入って農業学校いって、おじいちゃんの実家の南越前で農家を始めてんけど。

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えぐ。

まさかの彼の夢が確定したのが若干3歳くらいという衝撃的事実。いまだに何になりたいかふらっふらしているゆずさん的にはそんな人本当におるんやなあ、、と謎の感動というかなんというか。

「でもな、大学で学んでたんが農業経済だったんよ。そこでなんとなく、農業についたら嫁ができないという事実に気づいて。」

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YOMEKAI

思わず突っ込みを入れてしまいましたが、確かにこれ結構深刻な問題っすよね、、後継人不足、、しりすぼんでいく未来はすごくわかります。

「俺とか、最終的に農に従事する人はもう少ないのはしょうがないから、じゃあそこからどうやって関わりのある人を増やそうって思ってんな。だから実家に帰ってきても地域おこし協力隊の人とたちと絡んだりして、ショーさんとは玉村屋を始めて会社作って、で、次にやることとして長期滞在の家を借りたんよ」

それが、今私が住んでいる家。

「別にここにきたひとが今後農業の仕事する人になってほしいなんて期待までしとらへんし、ゼロではないけど。でもただ、ここに関わった人が何か思ってくれたらええねんなってやり始めてて」

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約三週間、のっちさんと謎に二人暮らしをしてギリギリのご飯に付き合わせ。

でもここでの暮らしが快適だったのは、そういう場が設けられてたからなんだろうな〜って

安心して生きてくことができたし、情報量がいい意味でも多い福井の中心地ではないところにあって、でも駅からは近くて、

本当基本的なところだけどお風呂が綺麗とか水回りがしっかりしてるとか、「ゲスト」としてではなく「暮らし」を構えるとなると大事だよなって点がちゃんとしてて

毎日毎日土作業をする度にちょっとした気づきが溜まっていって、それがとっても心地よかったんです

ここを作ってくれてありがとうという気持ち。うん

「そういえば、のっちさんはこの仕事をしててしんどいなって思うことはないんですか?」

「うーん、もちろん小さいのはあるねんけど、俺が人生で一番大変だっ他のは高校の部活の時でさ。陸上やっててんけど途中で故障して。人の試合の枠を埋めたりしてたから本当にしんどくて。はっきりした故障の診断が降るもんじゃなかったからどんどんよくわからない立ち位置になっててんな。」
「人に迷惑をかけてる自分が辛くてまたさらに練習してそれで故障は悪化してってなっていって。でもその辺で、どうせ迷惑をかけることには変わらへんのだからその自分を責めないでいっそ迷惑かけていこうくらいのスタンスに切り替えてん。
迷惑かけたことにウジウジしても余計無限ループやから。」

このしばらくの福井でも、ずっと旅してきても、それこそたくさんの人に支えられ助けられってしてきていて。
その優しさに返せるものが全然見つからなくてもやもや、うじうじしてたんだけども。
でも確かに私もいつしかその考え方が頭のどっかにはあったんだと思う。

「まあ、俺は運も良くてそのあと復帰できたからよかった。でも大学では陸上を続けようとはならなかったな。どうしても、高校の時のものとは違っちゃう気がしたし同じこと繰り返すと思ったしな」

このことを聞いて、ふと昔の自分のことを思い出したりしていました。

私は高校3年間吹奏楽部で、大学一年生の時はジャズのビッグバンドに入っていました。どうしても高校の部活の生活が好きだったし、クラリネットもサックスも好きだと思ってたし。

でも大学に入ってくると、まあズレみたいなものがどんどん露呈して、結局やめたわけですけど。まあ詳しくは時がきたら書くけど。

でもとにかく、高校の一瞬での学びとか感情ってその先にずっとずっと残ると思うのです。今こそ私はいろーんな、旅とかそういう経験をさせていただいてきていたけど、それでも高校の部活の、あの部室の空気感とかは戻れるもんな

なんてことを考えて。

やっとこ

お仕事終了!!!!!!

もう脳内BGMはサライなのよ。桜吹雪のサライの空なのよ。クッソ雨だけど。

最終日、午前中にして私のやるべきことは終了したので、「ゲノムリベンジ」をすることに。

二日前かな?に一度行った南越前の雑貨屋さん、ゲノム。でももうその日は情報のキャパが終了しまして。これ以上情報を入れられないというよくわからん理由で、店主さんに

「後日またきます」

とフルフルジャージ姿で担架を切ったという。意味わからん客ですよね。ケンカかよ。

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てな訳で今日は午後をたっぷり使ってお店にやってきました。
近くに駅なんぞない、車でしかいけないような田んぼの中に、ゲノムはひっそりとあります。

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店内に入って顔を見せると、

「この前の。よくきたね。二階で待ってて。」

と案内していただきました。

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ひええええ可愛い

決して派手ではない、でもとってもセンスのいいものたちが肩を並べていて、それでいて邪魔をしてない。あったかい雰囲気のところ。

と、見つけてしまいました

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レ、、、レジスター!!!!かわいいい、可愛すぎるよ!?

「それはね、三万円かな。壊れちゃってるけど、本物だよ」

と声をかけてくれたのは藤原さん。このお店のマスター。

「え、ここがっつり納屋ですよね・・・?を改装してできたんですか?」

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「うん、もともと中学あたりから自分の部屋を改造し始めて。それでここを作るときも納屋と蔵とを見よう見まねで作り変えたね。全部自分だけでやったから1ヶ月くらいかかったけど。」

え???じ、自分???手伝い的なのは、、

「たまに?でも基本的に俺だけだったなー。14年くらい前だからまだそんなはやりもなかったしyoutubeとかもないからテレビ見て覚えたり本読んだり」

はええええええ
今でこそDIYとかリノベとか、それでお店を作るとか流行っているかもだけど、それをずっと続けてきていて、だからこそいろんな人がこの店に惹かれるのかもしれない。

「もともと僕はずっと町役場でね。入ってすぐにつまらないからやめたいって思ってたけどなんやかんや続けて。でも25くらいから10年後にはやめてこういう場を作りたいと思って、35でやめてここを作ったんだ。はやりとかでない、本当に長く使えていいものを作れて囲まれて、幸せだよ」

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心から幸せそうに、にこやかに話す藤原さん。
本当に好きなものとか、愛が見えるから個人商店はすき
別棟にあるお店も見て回りました。かわいい…これとかUFOキャッチャーとか夢じゃん。。

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やりました。指輪取れた。

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あれ、これって図工のやつですか?

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これ

「ああ、そう。これね、近くの小学校が廃校になるんで安く譲ってもらったんだよ。これも、これもかな。」

そういって蔵の前まで見せてもらうと、


なんとなく

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「職員室で見たことのあるアレ」的なものが。おおお…!

ゆずがこれに大興奮してると、

「ここの近くのオリオンベイクってカフェに行って見てごらん。僕がそれこそ宇野さんたちと作ったカフェだよ」

ほう、、
そう言われてみるので車で5分ほど走ったところにあるお店へ。

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指には当たり前のようにゲットした指輪をつけましたよ。ええ。かわいいのよ。

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ん??
カフェっつーか

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園舎??

でも確かにカフェって書いてあるしな。。
と、ドアを開けると

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普通に幼稚園のステージやんな☆

もう、いかにもな、ふっっつーーーーーの幼稚園的ブースを抜け、
廊下を歩き

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すみれ組を確認する

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か、カフェだあああああああ

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そこはどこか幼稚園のにおいが残る、カフェになっていました。

しゅごい、、椅子はあの「幼稚園の椅子」だしあれは校長先生の椅子、地球儀があったり黒板があって。でもここはカフェだ、、!

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マフィンを注文し、

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授業を受けます。

すーぐに授業受けます。今季単位多すぎて追われてんのよ、、、どこでも大学にするマンだからさ。。

ウキウキしながらお茶をしてゲノムに戻ってみると、藤原さんが

「ここは僕の幼稚園だったんだ。ずっと廃園になってたけど取り壊されてなくて。何かできないか何かできないかって思って、去年たくらCANVASって団体と一緒にカフェにしたんだよ」

愛。ここにもあのカフェにも、好きという愛的な感情しかないんだ。彼は。

その思いだけで動いてる、この事実の価値がすごい。

と、ゲノムで私はちょっとだけ本を買ったのです。

この三つ。

これは、とある暮らしって本。福井の名もなき50人の人と作者がお話をして、その時に語られた物語を綴った本。

これは、福井大学の服がとにかく好きな男性が作った雑誌。委託販売をするとき50冊も持ったきたらしい。熱意。

これは、いろんな街の問題を抱えたものをどうリデザインしたかをまとめまくった本。D&Departmentが藤原さんは好きならしくて、全部揃えられてたののシリーズ。

これね。私はずっとdの本って呼んでたよ。

この辺は、見た瞬間に買わなくては。って思ったんです。
改めてなんでだろうなって思ったら、多分いわゆるZINE、自費出版の本って、「製作者の愛と欲望」がダダ漏れだからなんです。

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結局この本もカフェも私が好きなもの何もかも。その作り手の愛と欲望が見えるから、だから人間らしくて好きなんです。
最近物欲はめっきりなくなったものの、何か作り手のストーリーが垣間みえてしまうと、ほんとそれだけなのに手を出してしまうようになる。

よくねえな!私も金ないってのによ!

なんとなくやっと旅してきて、私が好きなもののジャンルというか、が、つかめた気がします。

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そんなこんなでゲノムを後にし、今日は玉村屋で過ごす最後の夜。
みんなで美味しい「普通のご飯」をつつきます。

振り返ると、この福井の一個大きな特徴は、この地の人が前面に出てきたいたこと。

地方を変革するのはよそ者若者ばかものといいますが、この街の人はその「よそ者」ばっかじゃないなあって。


移住者が作った何かとか、いろんなところで街を変えてきたのはよその人だったことが多いなって思ってたけど。
もちろん福井のよそ者の格好いい大人はいっぱいだったけど、それに負けない、それ以上の力を福井で生まれた人が持ってて、みんなで手をとって混ざり合ってる。

昨日の微遍路でも思ったけど、福井の面白い人がみんな繋がって一つの場を構成するってすごく稀有というか。とにかく東京とかは人が多いから界隈的なものが別れて混じりにくいんだけど。


「福井は小さくて狭いから笑」

ってまちの人は言ったけど、それがすごい、素敵なことなんだなって。

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こんなにいろんな場所で揺れ動いていたのに全て繋がっている感覚があったのも。
いやそれ以前に一つのまちに止まらずに拡大できたのも。

全て、この福井の特徴だったんじゃないかな。
みんな、なんやかんやと近い場所でプライド持って生きてるから、それなんじゃないかな。なんて

思ったりしたのです。
うん、そんな感じの福井はまとめや。

毎回土地が変わると特徴も変わる。でも総じて私が巻き込まれる地は面白い。
奇跡だけど、必然なんだよね。

ありがとうございました!また福井に行きます!

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さーて。次回予告をすると北海道に行くぞい。

現状、釧路に行く予定が仕事がなくなり路頭に迷いかけながら家を探してるぞい!
はーしんど!まあなんかいいことあるっしょ!うん!


続く!



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