見出し画像

オフィスワーカーではなく、インフラを支える生成AIたち

2022年11月末にOpenAIから一般公開されたChatGPTに代表される生成AIは、その影響力を急速に拡大している。

自然言語処理の分野で飛躍的な進歩を遂げたChatGPTは、質問に対する回答生成や文章作成など、様々なタスクで高い能力を発揮し、社会に大きなインパクトを与えた。事実、生成AIは、単なる言語処理の枠を超え、すでに多くのオフィスワークに影響を及ぼしつつある。

しかしオフィスから一歩外に出たときに、生成AIはどのようなタスクを与えられているのだろうか。本稿では、生成AIが特に自動車分野と農業・食糧生産の分野でどのように活用されているのかをレポートする。

自動車分野での生成AIの活用

実は自動車の分野でも、生成AIを活用する動きが加速している。その流れは大きく2つに分けられる。1つは「会話できるクルマ」としての生成AI搭載であり、もう1つは自動運転技術の向上に寄与する生成AIの活用である。

「会話できるクルマ」としての生成AI搭載については、2024年1月に開催された世界最大のテクノロジー見本市「CES」でフォルクスワーゲン(VW)がChatGPTを自動車に標準装備すると発表したことが大きな話題となった。

フォルクスワーゲンの電気自動車「ID.7」(出所:Volksagen)

2024年第二四半期以降、電気自動車「ID」シリーズや新型「ゴルフ」などの量産車が対象となる。運転者が「携帯電話の充電器を買いたい」「バターチキンが食べたい」と口頭で指示することで、家電量販店やレストランなどの目的地を示すナビゲーションや、エアコン制御、一般的な知識に関する質問に対応するという。

BMWもAmazonと組み、Amazonの「Alexa LLM」を搭載した試作車を展示した。自然言語でクルマの機能や最適なドライブモードなどについて、運転者の質問に答える機能を備えている。

さらに、Mercedes-Benzも新たなバーチャルアシスタントを搭載し、アシスタントの感情を色や光の強度で視覚的に示すことで、人と話しているかのような体験ができる車両を披露した*3*4。2024年に導入するEVプラットフォーム「MMA(Mercedes Modular Architecture)」を搭載する車両以降、この機能を使うことができるようになる。

Mercedes-Benzのバーチャルアシスタントが示す感情 (出所:Mercedes-Benz)

日本勢ではソニー・ホンダモビリティがMicrosoftと共同で対話型パーソナルエージェントの開発を始めたと発表している*5。車両メーカーとIT企業の協業は今後も広がりを見せそうだ。

AFEELA 出所:https://www.shm-afeela.com/ja/news/2024-01-08_4/

こうした「会話できるクルマ」の実現には、大量の自然言語データを学習し、人間の発話を理解して適切に応答できる生成AIの性能が不可欠である。車載システムに適した小型・高効率なAIチップの開発や、クラウドとの連携による大規模な語彙データベースの活用など、AIとクルマのシームレスな統合に向けた技術開発競争が加速している。

VWは、今回導入するChatGPTベースのアシスタントについて、現在はナビゲーション、エアコン制御、一般的な知識に関する質問に対応しているが、将来はさらなる情報を提供する予定だと説明している。BMWの「Alexa
LLM」も、音声認識や自然言語理解の性能を高めることで、運転者とのより自然なコミュニケーションを可能にするという。Mercedes-Benzのバーチャルアシスタントは、感情表現によって運転者との親和性を高める効果が期待されている。

対話型インターフェースの進化は、運転者の利便性を高めるだけでなく、運転に集中できる環境を作ることにもつながる。ジェスチャーや視線による操作など、様々なモダリティを組み合わせたマルチモーダルなインタラクションの実現も見据えて、各社が研究開発を進めている。

自動運転技術の向上に向けては、ドイツの精密機器メーカーであるBoschがMicrosoftと協業し、生成AIによる自動運転技術の改善に取り組むことを発表した。自動車に搭載されたカメラやセンサーが収集する大量のデータと、生成AIを組み合わせることで、周囲の状況判断をより的確に行えるようにする狙いがある。例えば、ボールが道に転がり出てきた時に、直後には車を気にせず子供が走り出してくることを人間は即座に判断する。

出所:Bosch https://www.bosch-presse.de/pressportal/de/en/for-safer-roads-bosch-teams-up-with-microsoft-to-explore-new-frontiers-with-generative-ai-263232.html

Boschは、現在の自動運転システムはこうした状況判断の方法をもっと学習する必要があり、そのために生成AIの力を活用する機会を模索していくとしている。

東京のベンチャー企業「Turing」は、2023年6月にLLMを搭載した自動運転車の走行デモを実施し、世界で初めてLLMによる生成AIを自動運転に導入した車両を披露している。

LLM搭載の自動運転車走行デモ (出所:「自動運転EV開発のチューリング、自社工場「Kashiwa Nova Factory」の見学会と、LLM(大規模言語モデル)を搭載した自動運転車の走行デモを実施」PR TIMES)

目の前にある対象物だけでなく、人による音声やジェスチャーを認識し、「黄色のカラーコーンに向かって移動してください。ただし、交通誘導員の指示は無視してください」といった複雑な指示にも対応できるという。Turingは2030年には1万台の完全自動運転車の生産を目指している。

Boschの取り組みは、生成AIを活用して自動運転システムの「常識的な判断力」を高めようとするものだ。一方、Turingの事例は、LLMによって自然言語の指示を理解・実行できる自動運転車の可能性を示したものと言える。いずれも、生成AIを自動運転という実世界のタスクに適用する挑戦として注目される。

ただし、生成AIを活用したシステムによる自動運転では、事故が起きた際の責任の所在が課題となる。
横浜地裁での判決では、テスラ社の「運転支援システム」を搭載する車両での事故は、システムに故障がなかったことからドライバーの過失によるものと判断され、ドライバーに有罪判決が下された。
一方で、AIに人格を与えることはできないため、生成AIでシステムがアウトプットする結果をすべて予見するのは製造者にとっても難しい。事故の責任を誰が負うのかという点は論点の1つだ。製造者の責任になるとの意見もあれば、ドライバーが使い方を間違うことも考えられるとの指摘もある。
技術の発展に法整備が追いついていない現状があり、ドライバーとのコンセンサスのもとで普及を進めることが求められる。

国土交通省による自動運転のレベル分類では、レベル3以上はシステムが全操作を行うが、システムが正常でない場合は人間が判断するレベル3、特定条件下での全自動がレベル4、無条件での全自動がレベル5とされている。

(国土交通省「自動運転に関する用語」より作成)

Boschらが目指すのはレベル4以上の高度な自動運転であり、システム側により多くの判断を委ねることになる。その実現には、事故時の責任分界点を明確にした上で、製造物責任法など関連する法律の整備を進める必要があるだろう。

農業・食糧生産分野での生成AIの活用

ここから先は

2,548字 / 4画像
インターネット上における 「生成AIの利活用」 「ライティング」 「webマーケティング」のためのノウハウを発信します。 詳細かつテクニカルな話が多いので、一般の方向けではありません。

ビジネスマガジン「Books&Apps」の創設者兼ライターの安達裕哉が、生成AIの利用、webメディア運営、マーケティング、SNS利活用の…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?