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連載小説|明日はくるので、|⑥

 中に入るよう促されて、俺は素直にそうした。他の住居人のものだと思われる靴が並べられていて、俺は自分の靴を空いた隅の方に揃えた。オーナーさんはわざわざスリッパを用意してくれていた。デザインは灰色一色で、中はふわふわしている温かそうなやつだ。今は暖房を点けていないから、床は冷たいんだと、オーナーさんは苦笑いしながら奥へと先に進んだ。なるほど。俺はお礼を言ってから、ありがたくスリッパに足を滑らせた。

 灰色、好きなのかな?

 オーナーさん、もとい、荒井さんは共通スペースを一通り案内してくれた。玄関から入ってすぐに見えるお手洗いと風呂場と洗濯機。

 大画面の薄型テレビと色んなゲームの機種が揃えてあるリビング。赤いテーブルクロスを敷いた食卓が、よく見えるようになっている、広くてキレイな台所。

 今は枯れてしまった裏庭は、夏になると色鮮やかなバーベキューイベントを行うために使っているらしい。住居人たちが帰ってきたら、一気に賑やかになりそうだ。

 家事諸々は当番制らしく、リビングの壁には大きな白板がかかっていて、色んな家事が書かれている。薄い磁石の上に、住居人たちの苗字のシールが貼られていて、それぞれが担当する家事の横に並べられている。見やすいなあ。ぼんやりと名前を追っていると、自分の苗字を見つけた。荒井さんが先に用意してくれていたようで、少し心が温まった。

 個室がある二階に上がると、一階ほどじゃないけど、それなりのスペースがあった。ここも共通の空間みたいで、あの、人をダメにすると話題になったクッションがたくさんと、本棚が置かれている。文庫本、ときどき新書と単行本、といった感じで、漫画も結構あった。

 荒井さんに聞いてみたら、今までの住居人たちが持ち込んだものが多いらしい。荷物になるから、寄付みたいな感じで置いていった人たちもいるとか。この数が集まるなんて、移り変わりが頻繁なのか、それとも読書家が偶然集まったのか。どちらにせよ、なんだかいい空間を作り上げていそうで、少し安心した。

 俺の故郷みたいな場所は、基本的にみんなは顔見知りだと思われているし、事実そうだった。だけど、やっぱり人間だから、つるむ相手の範囲は自然と決まってくる。言い換えれば、捌ける人数の許容範囲みたいなものでもある。俺の場合は、中くらいの範囲だったと思う。幼稚園から高校と、友達になった時期はそれぞれだった。けど、ありがたいことに、不思議なくらい、平和だった。

 元々、顔見知りではあったからかな。時間、は人によってバラバラだったから、ちょっとばかり違うか。趣味が合ったからかもしれない。でも一番は、育った境遇が似ていたからかな、何せ生まれは同じ場所だったし。性格自体はみんな違ってたし、時々喧嘩したりもしたけど、結局は仲直りしてまた遊んでた。人間の繋がりって、本当に不思議だ。

 そうそう、俺たちも漫画を貸しあったり、週末は誰かの家に泊まってゲームしたり。学校で昼飯を食べた時は、お互いの弁当を開けて分け合ったりしたなあ。おかげで、目隠ししてても、誰のお弁当かわかるようになった。すごくくだらないけど、楽しかった。

 ここでも、同じような繋がりができるだろうか。

 一通り見終わったところで、個室の方へと向かった。全部で六つあるらしく、二階の共通スペースからは全部見えるような配置となっている。東側に二つ、西側に二つ、南側に二つ、と言った分け方だ。ちなみに、俺の部屋は東側にあるらしい。

 荒井さんに付いていくと、102号室と書かれたプレートが扉の前で立ち止まった。ここが俺の部屋らしい。同じ番号のタグが付けられた銀色の鍵を受け取った。鍵と一緒に、もっと細かなルールや注意事項が書かれた用紙も渡された。わからないところがあったら遠慮なく聞いてほしいと、荒井さんはまたふにゃりと笑って言った。お礼を告げると、荒井さんはしっかり休むようにと気にかけてくれてから、一階に戻っていった。ちょっと頼りなさそうな感じがしてたけど、優しそうな人でよかった。

 鍵をガチャリと回して、最終目的地である個室に入った。



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