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連載小説|明日はくるので、|①

 夜の街は騒がしいというが、本当にその通りだった。

 大きな紺色のキャリーバッグを片手に、使い古した迷彩柄のリュックを背負って、俺は初めての都会の中で突っ立っていた。街灯や店の照明が眩しい。橙色に照らされた道や建物が鬱陶しい。大勢の靴音やエンジンの唸りがうるさい。あちこちで不必要に聞こえやすい、人々の会話が耳に突き刺さる。冷え切った真っ暗な空から、追い打ちをかけるような突風が頬を殴る。
 憧れとか、そういう気持ちは芽生えなかった。

 スマホに表示された地図を、立ち止まりながらチラチラと見て、俺は今晩泊まる予定のホテルを探した。

 都会は道が入り組んでいると聞いたから、小さな分かれ道に対しても慎重になってしまう。実家があるところは、大きな一本道に沿って歩いていればどこにでも行けたから。こんなことで神経を使うなんて、都会はやっぱり大変そうだ。慣れていくしか、ないか。

 結果。地図のアプリに表示されていた予定時間の約倍くらいかけて、俺はなんとかホテルにたどり着いた。いわゆるビジネスホテルで、中はシンプルで綺麗だった。受付でもらった鍵はプラスチックのカードで、初めて見た俺は心底戸惑った。確か、カードキーって呼んでたっけ。ドアの形状を見ればなんとかなるだろうか、と思いながら、エレベーターに乗り込んだ。

 指定された部屋があるフロアに着いて、エレベーターを降りた。一階と違って、床にはアースカラーのカーペットが敷かれている。地元にあった民家や旅館と違って、足音が響かないから、他の人たちを起こす心配はなさそうだ。壁にかかった金属の文字に従い、俺はやっと部屋に着いた。ドアに取り付けてある、それっぽいスロットを見つけて、カードを挿入してみる。静かだからこそ聞こえる音量で、ピロリ、と音がした。よかったよかった。

 外に出しっ放しは、ダメだよな。カードをそっと出す。

 ドアを開けて中に入ると、やっぱりというべきか、キレイだった。部屋の中もまた、アースっぽい。ベッドには皺一つなく、机の上もさっぱりと整頓されている。こういうものなんだろうけど、なんというか、他人事で冷たく感じられた。

 でもまあ、そんなことを言っている場合でもないな。明日に備えよう。さっさとシャワーと歯磨きを済ませて、備え付けのパジャマに着替えた。寝る前に、本拠地となる予定のシェアハウスへの行き方を、もう一度調べておこう。念には念を入れないと。


 調べ終えて、罪悪感を覚えながら、俺はベッドに潜り込んだ。

 今日は、疲れた。



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