連載小説|明日はくるので、|⑧
目が覚めると、首がひどく痛かった。
やっと落ち着いたかと思ったらこれだ。油断大敵とはよく言ったもんだな。ゆっくりと起き上がり、首を四方に曲げてほぐそうと試みた。あ、痛い痛い。
ストレッチを行なっていると、自然と窓が視界に入る。
さっきまでは眩しくて、青みが混ざった白い空だったのに、今は完全に真っ暗だ。
俺は一体、何時間寝ていたんだ?
荷物を整理しようかと思っていたら、コンコン、と扉を叩く音がした。
扉越しに聞こえた声は、知らない人。急いで起き上がり、ドアを開けた。
20代後半くらいに見える、背が高くてひょろっとした男の人が立っていた。105号室の住人、もとい、多田さん。初めましての挨拶を交わすと、これから、ハウス内にいるメンツで夕飯を食べると言われた。というのも、一人は残業で遅れるらしい。それで、よかったら一緒に、と。
断る理由も気もなかった。
俺は多田さんの後ろについていき、部屋から出た。
一階に下りると、他の住居人たちがリビングに集まっていた。
ソファーの上で座りながらゲームしている人が二人に、テーブルで何やら本を読んでいる人が一人。そして、台所にはエプロン姿の荒井さんが立っていた。寝癖は落ち着いて、服も青いジンズと黒のタートルネックに着替えている。俺を見かけると、またふにゃりと笑った。何か手伝えることはあるかと尋ねると、気を使わずに座って待っていてと言われてしまった。
ぼうっと立っていると、ゲームをしていた二人組が声をかけてくれた。二人とも、俺と同様に、今年から社会人で上京したらしい。ふんわりパーマが笹木、右目の下にぼくろがあるのが加賀。同年代だとわかった途端、二人はなんだか生き生きとして、俺にコンソルを渡してきた。三人で協力しながら遊びたいゲームがあるんだとか。
でも、本当に何も手伝わなくていいのかな。
多田さんに視線を向けると、気にせず遊んで、と笑顔で言われてしまった。多田さんは袖をめくりながら、荒井さんがいる台所に向かった。家事担当のルーレットを見ると、今日は二人が担当の日みたいだ。
テーブルで本を読んでる人にも挨拶をしたいけど、集中していそうだから、邪魔したら悪いか。
お言葉に甘えて、遊んでみることにした。
ゲームに慣れて、すっかりのめり込んでしまった。楽しい。
途中で、誰かの携帯が鳴り始めた。食卓で本を読んでいた人のものらしい。電話に出ると、見た目によらず、意外と通る声を持っていることがわかった。少しして電話を切ると、残業すると思われていた住居人が、一時帰宅するらしいことを、台所にいる二人に向けて言った。荒井さんと多田さんは承知と感謝の旨を返し、またなんでもないように料理をし始めた。そのとき、テーブルに座っている人が兼元さん、という人であることがわかった。
気がつくと、リビングは美味しそうな匂いで充満していた。
荒井さんが笹木と加賀を名指しして、皿を運んで欲しいと頼んだ。二人は快く反応して、ソファーを飛び越えた。あ、危ない。俺はどうすればいいかと聞くと、今夜の主役だから座ってて、と言われた。
え、主役?
混乱している俺に、兼元さんが近づいた。そして、俺はなされるがままにテーブルへと案内された。どういうことかと聞く前に、玄関が開く音がして、兼元さんはサササッとそっちに行ってしまった。帰ってくると、どこか青い顔をした、スーツ姿の男の人と一緒だった。荒井さんと同じくらいで、中島さんというらしい。いい匂いを嗅いだ途端、まるで生き返るように表情を綻ばせた。
大変、お疲れ様でございます。
オロオロしていると、頭に軽い何かが乗せられたのを感じた。触ってみると、それはキラキラとしたパーティー用の三角帽子だった。笹本と加賀、それとなぜか荒井さんまで被っている。それと、妙に料理が豪華というか、多いというか。なんでケーキまであるんだ?
そして、住居人が揃い、食卓を囲むと、荒井さんが立ち上がって咳払いをした。
「改めまして、松原くん! シェアハウスにようこそ!」
荒井さんが盛大に腕を広げながら言った瞬間、周りから破裂音が聞こえてきた。
いつの間にか、全員がクラッカーを持っていたらしい。拍手と歓声があとに続いた。
そうか、えっと、いわゆる歓迎会、かな。
まだ緊張状態がうっすらと続いていたから、唐突のことでだいぶ驚いた。けど、硬直もすぐに解けて、俺は同居人となる人たちに声をかけた。みんなが一斉にこっちを見ると、自分の表情筋が許す限りの笑顔で言った。
「これから、よろしくおねがいします!」
前話↓
次話↓