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与えられた最期|掌編小説

 「永遠は祝福などではない」と誰かが言った。「終わりを乞うようになるだけだ」と。
 「贅沢なことを言うのだな。それで、待った甲斐はあったのか」とまた誰かが問う。
 「大いにあった」と初めに話した者が答える。「永遠を彷徨う同士よ、この機会に感謝する。それと同時に、まだまだ先の見えない終わりを持つ其方を、ワタシは憐れむよ」と続けた。
 「私の使命であり、理由でもある。だから憐れむ必要はない。どうしても憐れみたいと言うのであれば、遠縁の命を断つ役目を負わされたことを憐れめ」最初に問うた者が言い放った。
 「ハハッ、ワタシのたったひとつの望みだ。旧友の頼みを聞いてあげているだけのことであろう?それに、弱者は滅びる運命にあるものだ。昔からそうで、その通りであるべきだ」
 「しかし、強者が弱者を支えるのもまた事実であるべきこと」
 「いい、いい、気にするな。もっと良い環境にいる兄弟姉妹たちが、いわゆる強者として残ってくれる。人間たちが最後に言うことがあるだろう、やつらがワタシの意思を継ぐだの、なんだの。そういうことだ」

 会話の間に沈黙が流れる。湿った風が起こり、人類が共同体を作り上げていた時に用いた、高い高い建物を昇っていく。捨てられた建物は枝や蔦が絡まっている。まるで自分の所有物を取り戻したように、あちこちに伸びている。甲高い雄叫びが地面の方から響いてきて、音楽に乗るように木の葉が揺らいだ。

 「本当にやるのか」初めに問うた声がまた問う。
 「ええい、やめんか。世の中にある事象で考え過ぎる、人間みたいに聞こえるぞ。そういう考えすぎるところが嫌いだったのではないのか?」
 「ああ、そうだ。今でも嫌いだ」
 「じゃあ、もたもたしていないで、さっさと済ませておくれよ」

 また湿った風が建物を吹き抜ける。長い長いため息のように。ぬるい中、胞子に種、そして土の匂いを運んでいく。枯れた倒木を通り抜けるような音を響かせ、あらゆる隙間や角に忍び込んでいった。甲高い雄叫びの音はすでに止んでいた。

 「ああ、これが終わるという感覚か。最期と言うのは、噂よりもずっと穏やかなものなのだな」
 「もちろんだ。我々の最期は実に緩やかなもの。衰えは感じられても、痛みは感じない。人類が持つ、己を他者へと投影する想像力は興味深いものだったが、我々に対する投影は少しばかりずれていた」

 雲がもくもくと膨れ上がり、黒くなっていく。
 空気の湿気が更に増していく。
 水滴が優雅に地上へと降りてきて、地上はそれを喜びと感謝で受け入れた。

 「そういえば、前にワタシを世話してくれた人が、空にも人の感情を投影していたな。確か、泣いている、と。悲しみの印。これは、旧友、其方の仕業か?」
 「つい先ほど私が言った言葉を、もう忘れたのか?」
 「すまんすまん、そうだった。最期の時を過ごしていると、どうも可笑しなことを思い浮かべる」

 雨が徐々に重くなっていった。水たまりが大きく、濁っていき、地面と植物の表情を隠していく。水が溢れかえって、植物の根にしか知らず、胞子にしか届かないようなところまで迷い込んでいく。

 「其方は実に寛大なのだな、我が遠縁。どうせなら最期は明るく眩しいものにしてくれた方がよかったのに。ワタシが日光を好んでいることを知っているだろう?いやなに、有り余るほどの水も素晴らしいのだがね?」
 「其方の世話人が、其方に人の考え方を刷り込んだようだな。これは皮肉、というものだったかな?」
 「へへっ、人間の独特な表現を一度使ってみたかったのだよ。愉快なものだ」

 雲間にできた割り目から、太陽がひっそりと覗き見える。

 「ああ、良い餞別をもらった。あの隙間の更に向こう側が、ワタシの行き先なのだな。再び礼を言う、永遠を彷徨う同士よ。ついに旅立ちの時が来た。……ああ、一つ思い出した。消えゆくこの魂の願いを、もう一つ叶えてはくれないだろうか?最後の、最後の願いなのだ」

 雲間の隙間が開いてゆき、温かな光が蜜の如く注ぎ出される。

 「なんだ?今更、気でも変わったか?変わったとしても、手助けしないぞ」
 「違う違う、其方が考えていることの逆だ。どこかで失くしてしまった、ワタシの針たちが落ち着いた住処を見つからないようにしてほしい。この要望の意味、わかるな?」
 「当然だ、私を何だと心得る?全て探し出して、しかと処理をしよう。なぜなら私はーー」

 また音がした。少しねっとりしていて、くぐもった、何かが割れてそっと落ちる音。強い匂いがふわりと宙に漂っていく。

 「……大いなる母、自然なのだから」

 匂いの元を辿れば、丸くて白いテーブルへと行き着く。一人で高く爽快な景色を見下ろしながら、温かい飲み物でホッと一息つくのにぴったりなサイズだ。テーブルの上には、掌に乗せられるくらい小さなサボテンが、茶色の植木鉢の中に収まっている。サボテンの緑色の皮は、腐ってしまった黄色で破かれていた。小さな土壌の上に、中身を零してしまっている。零れた中身は、ゆっくりと鉢の縁まで広がっていった。

 何事も無かったかのように、空はまっさらになっていた。木の葉や蔦も鈍く冷たいものへと変貌していた。時までもが止まり、全ての音が消されてしまったかのように、風が止んでいる。かつて人類の繁栄が見られた場所で、静寂がじわりとたむろする。この世では共通している、死と終わりの印だ。



あとがき

 KAC2023、第三弾の非公式参加作品を日本語に訳したものです。

 植物の逆襲に遭った終末世界を舞台としたシリーズとなっております。第一弾は植物に関与しない副産物、第二弾は植物が関与してできた副産物。第三弾は、植物同士のやりとりを一つ切り抜いてみました。

 常に次世代へと繋げることを続ける植物たち。それは、少なくとも世界が存在する限りは、半永久的なもののような気がして。全部全部繋がっているなら、意識があったなら、終わりを求める植物もあったのかなって。変に悲しいことを考えた結果のお話でした。

 その代わり、と言ってはあれですが、語り口調を少し面白くしたつもりです。お楽しみいただけたなら幸いです。

 最後までお読みくださり、ありがとうございました。またまた森でした。

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