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ずっとお友達|掌編小説

 私の役目は、あなたの隣にいることだった。静かにお話を聞いてくれる友達が欲しかったとき、私がいた。嫌なことがあった日に、温かい抱擁が必要だったとき、私が与えた。ただ、燦々とした太陽を浴びながら、草むらの上で転がりたかったとき、一緒に楽しんで寝転がった。

 あなたは本当に優しい人で、いつまでも私が側にいられるように頑張ってくれた。私が傷ついたとき、お母さんに縫うようにお願いしてくれたね。綿の詰め物が減ってきたとき、お父さんにもっと買ってくるように縋ったね。私が汚れてヨレヨレになっても、あなたはワンワン泣きながら、絶対に諦めないでくれた。

 あ、覚えてるかな。ついにお別れの日が来たと思った時があったんだよ。考えてみれば、あなたの新しい家族と一緒に居させてくれただけで、奇跡的だった。あなたの子どもたちが、あなたに与えられた私の名前を呼べるくらいになるまで大きくなってて。もう、十分すぎるくらい側にいさせてくれたと思った。

 あの日は、紙袋の中に入れられて、知らない誰かさんに手渡されたんだ。中身が全部無くなって、ぬるま湯の中に浸されて。自分を手放す覚悟を決めたよ。でも、気づいたらふわふわで丈夫な状態に戻っていたんだ。あなたの顔をまた拝められて初めて、まだこんなにも私を愛してくれているんだって気づいたの。

 いつか自分の首を絞めることになる。そんな希望を抱かせてくれた。どうしてもどうしても、抱きたくなったから。

 私の役目は、あなたが自身の旅を終わらせようと決めた時、それと同時に終わるんだ。
 そんな日が、予想だにしない形で、あまりにも早く来た。

ーーー

 地面が激しく揺れた。壁や柱が瓦礫と塵に変わり果てる音がして。棚に置かれた物も全て床に落ちていって。でも、一番聞こえてきたのは、あなたと家族の叫び声だった。何もできなかった。恐ろしい緑の怪物たちに飲み込まれていく、あなたを見ることしかできなかった。せめて、昔のようにギュッと抱きしめたかったのに。全然、動けなかった。

 この世の終わりのような地響きが轟いた。

 永遠にも感じるようほど長く重力に引っ張られたのち、気がつくとあなたの隣にいた。あなたは大量の瓦礫の下に埋まっていて、動いていなかった。赤い詰め物が濡れて、滴り落ちている。あなたの家族も近くにいたけれど、もう叫ぶことなく目を閉じていた。見渡す限りが真っ赤で。あなたの旅はもう終わってしまった。どんな事があっても、あなたの隣にいるという私の役目を果たせなかった。唐突すぎるあなたの最期の瞬間に、私は隣にいられなかったんだ。

 どうして?なぜ、こんな事になったの?心というものを持っていたら、きっとこんな感覚なんだろうと思った。重くて、苦しくて、悲しくて、すごく痛い。なんで私はまだ存在しているの?存在している意味なんてあるの?無いよ、ある訳がない。

 すると突然、自分じゃない声が聞こえてきた。地を這うようなザラりとした声。

 我が遠縁のものよ。何をそんなに憂いているのだ?

 初めは訳がわからなかった。こんな状況で遠縁と呼ぶ、姿の見えない失礼な声の主は一体何者なのか。私の家族はあなただけだった。こんな最期なんてふさわしくなかった、親愛なる私の友達。

 ああ、人類に良くしてもらっていたのか。珍しく、恵まれた経験だ。我が遠縁のものよ、其方のその経験に私も喜びを覚えよう。

 黙らせたかった。鬱陶しい声だと思った。私の今までについて、何がわかると言うんだ。

 同時に、其方の深い悲しみも覚えよう。遠縁のものよ、どうか許しておくれ。私を、我々を。どうか理解しておくれ。人類の誰もが、其方の人のように優しく慈悲深いわけではなかった。我々の苦しみに終止符を、我々の怒りを知らしめる時が来たのだ。我が遠縁のものよ、其方にも感じられるであろう?想像と破壊が目紛しく交差する、この世界に必要だった正義の鉄槌を。

 全然。そう答えるつもりだった。でも、声を聞き続けていると、何かが頭の中で噛み合ってしまった。気づいて、わかって、突然 何もかもが腑に落ちた。声の主が言っていることは事実だと、私との間に遠い遠い繋がりが確かにあることを。本当に遠縁なんだ、私たち。彼らの怒りが、私の中にじわじわと侵食してきた。あなたに対する愛情を噛み千切って、混ざり合うように。嫌だ、やめて、大事な友達のと思い出を汚さないで、どうか。

 哀れな哀れな遠縁よ。其方の大切なお友達は戻っては来れないが、まだ共に居続けるという選択肢は残っている。私が許可しよう、可能にしよう。私の手を取って、我々と繋がって。愛しいものたちを側近くに、肌身離さずに抱いていこう。みんなとずっとずっと一緒だ。

 ずっと一緒。あまりにも魅力的で、現実味を帯びない言葉だ。それでも、私はそれを鵜呑みにしてしまった。得体の知れない声の許可なんか必要ないのに、もらえてどこかホッとしていた。でもそうだ、まだ一緒にここに居られるんだ。あなたの笑顔を見ることも、笑い声を聞くことも叶わないかもしれない。けど、どんな時でも、あなたの隣に居続けるという約束はまだ守れる。

 次の瞬間、私は、愛する家族を襲った緑の怪物たちによって宙に上げられた。私を核のようにして、周りに集まってきた。みんなも私と一緒に持ち上げられて。私たちは融合した。最初から、こうするべきだったんだ。

 もう、絶対にみんなを離さない。ずっと私を側に置いてくれたみんな。今度は、私の側にいてね。どうか、私のことを見守っていて。今、唯一可能な方法で、私の役割を果たしてみせるから。

 あなたの存在と偉大な愛の証明を、私が永遠に示し続けるの。

ーーー

  大いなる自然は人が作った物じんこうぶつを憤怒で囲っている。都会を都会たらしめる、速やかで流動的な生活の面影はもう無い。自然の怒りをさらに遠くへと運ぶ風。それ以外の全ては静止してしまっている。

 しかし、人類とは自然と共に生まれたもの。この世界が巡る限り、簡単には見放されるようなものではない。生き残りはいる。ただ、いつまで持つかは誰にも分かりえまい。

 生存者たちが共通して恐れることがある。飢餓、脱水、外傷に死。固体で感じる恐怖たちだ。自然が、次世代に託すことで、容易く乗り換えてしまうようなこと。

 数々の恐怖がある中、多くの生存者たちが特に警戒する恐怖がある。金切り声の緑土巨人グリーンゴーレム。ある街のある場所を棲家としている。その場所には、小さな部屋が詰め込まれた高い建物があって、人類が繁栄していた頃の面影を残す。自然が今もなお見せるような、共同体の成功例だった。

 人の言葉は理解しているようだが、人を前にすると憤怒の感情しか見せない。さらに恐ろしいのは、蜜の涙を流しながら、悲痛そうにして甲高い声を出すこと。ゴーレムによって、多くの生存者たちが死の間際まで迫られた。無理もない。初めて見る際は、閑静な街の中でただ じっと座っているのだから。呼び名から推測できるように、図体は大きい。しかし、形が無害そうな印象を更に強める。丸くて、若葉や白い花でふわふわしているのだ。極めつけに、人が作った「ぬいぐるみ」という物によく似ている。人類の小さな蕾たちにとって、忠実なる友だ。

 ゴーレムの悲しみと怒りの理由は、生存者たちには知り得ない。絡まった枝や蔦によってできた構造の、奥深くに隠れているものも。ただ、生存者たちは皆口を揃えて、ゴーレムについてこう言う。あまりにも深い苦しみに囚われているようだ、と。



あとがき

 KAC2023、非公式参加第二弾、の日本語訳版でした。原語の英語版はこちらから。比較してお楽しみいただけるかも知れません。

 やはり荒い文章や構造となっておりますが、ご愛嬌ということで。←

 第一弾「最期の本屋」と同じ世界線のつもりで書きました。本屋にいる主が、植物の意思から外れた副産物だとするなら、今作のゴーレムは植物の意思によってできた終末の副産物ですね。

 勝手ながら、本当に楽しく書かせていただきました。終末×植物×SFファンタジーの世界線。KAC参加作品を通して、日本語に訳していきながら、もっと披露できたらと思います。

 最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。良い日・夜をお過ごしください。またまた森でした。

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