見出し画像

連載小説|明日はくるので、|⑤

 今度はバスに揺られて数分。電車でよく寝たから、今回はうとうとしなかった。
 揺れ具合はバスの方がすごいのにね。

 おかげで、改めて、新しく住む都市の様子を眺めることができる。俺もなんだかんだ、噂や偏見でしか都会を知らないから、具体的なイメージはほとんど持っていない。ホテル近くで思ったことは、木や草むらが圧倒的に少ないことと、建物は本当に高いということ。駅周りは、お店がたくさんあることと、何かしら音がしてうるさいこと。特に改札口の甲高い機械音は苦手だ。頭から首の裏まで、悪寒みたいな何かがズズッと走る。

 
 曲がり角に差し掛かって、バスが右折する。上半身が、電車の時のように、ぐいんと勢いよく倒れる。曲がり終えると、ばねのようにブラブラと小さく揺れながら、元の姿勢に戻った。さてさて、もうすぐ降りるバス停だな。手すりに取り付けてある停車ボタンを押すと、大変陽気な声で返事をしてくれた。

 住宅街の真っ只中に、バスはガスの臭いを残していった。
 さて、方向はあっちだったかな。

 閑静な道で、ゴロゴロと音が響く。コンクリートの細かい石ころの隙間に翻弄されて、バッグの車輪が飛び回る。君は楽しそうでいいね、なんて。でもこれ、近所迷惑にならないだろうか。今ならほとんどの人が出てるだろうし、大丈夫、なはず。

 約束の時間まで、まだたっぷりと時間があることを確認してから、俺はゆっくりと歩くことにした。

 二階建ての家が所狭しと並べられていて、国の小さな面積を上手くやりくりしている、という感じだ。ちょっと、窮屈な気がしなくもない。そのせいなのか、風がひゅるりと通り抜けて寒い。さっきまでドタバタしていたのに、今じゃ身体はすっかり冷えた。昼頃の気温、何度だっけ。忘れちゃった。ほんのりと青くなりつつある空を見上げて、ほぅっと白い吐息が浮き上がる。太陽、やっぱり見えづらいなあ。

 のんびりと、新しい近所を見回っていく。
 綺麗な青色の家。
 威厳のある伝統的な民家。
 ガラス張りの大層な家。
 ひとりだけそびえ立つ高いマンション。

 え、なんだここ。色々入り混じってるな。おかげでバス停までのルートを一発で覚えられそうだ。あ、ここを左に曲がって、と。

 手と顔の感覚がなくなり始めた頃に、ネットで調べた通りの建物が見えた。

 当たり前かもしれないけど、他の家と比べて一回り大きい。塀は無く、枝の塊となった灌木が、家の前方で一列に並べられている。暖かくなれば、花も咲いたりするのだろうか。それは少し、楽しみかもしれない。お休み中の灌木を通り過ぎて、玄関まで近づいた。ポケットで眠りっぱなしだったスマホを点けて、時間を確認。約束の5分前。スマホをまたポケットに戻してから、深呼吸をして、インターホンを押した。

 数秒経つと、インターホンについた小さな赤いランプが点き、スピーカーから男の声が聞こえてきた。少し掠れている。新しい住居人が来たと知ると、慌ただしく待っていてと告げてからインターホンを切った。

 扉の向こうから、ドタドタと走ってくるような音が聞こえてくる。

 ガチャガチャと鍵を開ける音がしてから、扉は開いた。出てきてくれたのは、さっきの声の主。ドアノブに手を当てたまま、建物の中から覗くようにして上半身を突き出している。30代くらいに見える男の人で、目尻が垂れているのが印象的だ。どうやら寝起きのようで、灰色のパジャマの上に青い半纏はんてんを羽織っている。男性の中でも長めだとされるだろう髪の毛も、寝癖でちょいちょい飛んでいて、ちょっとおもしろい。

 ちゃんと挨拶をすると、目尻をふにゃっとさせながら、笑顔で返してくれた。
 彼がここのオーナーさんらしい。
 お寝坊さん、なのかな。



前話↓

次話↓