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甘い黄金の朝食ビスケット|プチエッセイ

 人生で初めてのシェアハウス生活を送り始めた頃。自分の稼ぎと当時の行動範囲内で手に入れられる菓子の選択肢がまだ狭かった。住んでいる現地のブランドや定番菓子を把握しきれていなかったのだ。また、節約家になろうと気合いを入れていたので、菓子はたくさん買わないように決めていた。

 だがしかし、人間は働けば、飯を食っても小腹が空く。退勤、夕食の時間まで持たない日が何度かあった。やはり、ある程度は菓子にお金を充てなければならないということになった。しかし、何を買えばいいのか。

 そんな時に出会ったのが、会社に置いてあった備品の菓子だった。置いてあったのは、ソフトベイクドビスケット。ブランド名はあえて記さないでおくが、これがとにかく好みの味だった。

 銀の包みにはブランド名が濃い緑で印刷されている。包みを開けると、ほんのりとした焼き菓子の甘い匂いが漂う。中身は丸く厚めの黄金ビスケット。少しボコボコした表面をしているのは、蕎麦の実が入ってるから。一口かじると、しっとりもっちりとした歯応え。よく噛むと、蕎麦の実がぷつぷつと口の中で踊る。味は香りから想像できる通り、優しい小麦と砂糖の甘さ。

 二回ほど会社から拝借したのち、好みの味であることが確定した。ので、自分でちゃんと買いたいと思うようになった。朝食用ビスケットが売り文句であるコレを、間食用にしたいと。幸いなことに、近くにある現地のスーパーに普通に置いてあった。更に言うと、ちょうどチラシに載っていて半額。買うしかなかった。これがのちにナイス判断となるのだった。

 森は超が付くほどの内向型な霊魂だ。たとえ、ある程度仲のいい同僚や上司の方々と言えど、家族以外の人と顔をあまり合わせたくないシェアハウスの朝もある。つまり、部屋から出て朝食を取りにいくことが億劫になることがあるのだ。シェアハウス期間が伸びていくにつれて、億劫になる頻度が増えていった。

 そんな時、ワタシの朝食事情を救ったのが、このソフトベイクドビスケットだった。栄養バランスは少し偏るが、先ほど挙げた蕎麦の実や、オート麦に大麦などが入っているだけマシである。部屋の中で常備しておくことで、部屋を出ずとも、朝に必要な分のエネルギー補給をすることが可能になった。

 シェアハウス生活を始めて、もうすぐ一年が経とうとしている。今でも億劫な日は、ソフトベイクドビスケットにお世話になっている。毎週、チラシに半額で載っていないだろうかと、目を光らせながら。

 もっと歳をとって、始めて家を出た後のことを思い出した際。ワタシはきっと、同じビスケットを食べながら、当時のことを思い出すことだろう。小さいながらも、ひとつの思い出の味だ。