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連載小説|明日はくるので、|③

 徒歩十分のところを、約半分の六分にして、一番近い駅に着いた。使い方に少し慣れない切符売り機がずらりと並んでいる。昨日調べた駅名をゆっくりと探して、なんとか無事に切符を買えた。改札口に滑り込ませて、また返してもらった。次に探すべきは、エスカレーターかな。

 動く階段に乗って数秒。二階にたどり着いて見えたホームは、なかなか壮大に思えた。もう、長いのなんの。自販機が複数ある上に売店まで。コンビニに寄る必要はなかったかも。でもまあ、電車を目の前にして焦ることになるくらいなら、やっぱり行っておいてよかったのかもしれない。空いたベンチもちらほら。通学や通勤時間の後だから、こんなに空いてるのかな。せっかくだから、俺は座って待つことにした。


 駅のホームに響くアナウンスの声は淡々としていて、よく聞こえる。背中に微かにピリっとする寒気を感じた。コートのフードを整えて、肩をぐるっと回した。買ったばかりの温かいお茶をカチッと開けて、一口ごくり。想像以上に乾いていた喉が、じんわりと緩んでいくのを感じた。ほっと一息。

 数分待ったあと、予定していた時間の電車がウォーンと声を出しながら、あくびを漏らしてやってきた。その冷たい息が当たり、俺は顔をマフラーに埋めた。続けるように、俺も思わずあくびを漏らす。ドアが開き、キャリーバッグを持ち上げて、俺は電車に乗り込んだ。


 席が結構空いていて、どこに座ろうか悩む。その隙に、わずかな同乗者たちが一瞬で端の席を埋めていった。優先席の端が残っていたけど、座るのもなんか違う気がして、俺は真ん中の空いた席に腰を下ろした。

 リュックを前に回して、膝に置いた。ガサガサと鳴き止まないコンビニの袋を中に押し込む。これ以上の人数が乗り込むことはないと願いながら、片方の肩紐に腕を通したまま、右隣にどかした。キャリーバッグは足の間に挟んで固定。あとは電車に揺られるだけだ。

 向かいの窓が視界に入る。空はまだ仄かで白く、太陽がのっそりと上っている。高い高い建物に遮られながら、ゆっくりと。実家の二階からは、いつも一発で太陽が見えた。一緒に布団から起き上がるみたいに山の向こうから顔を出して、一緒に背伸びをするみたいにぐんぐんと上っていった。それが気持ちよくて、おもしろくて、とにかく爽快だった。しばらくは、そんな感覚も味わえないのだろうか。

 思わず感傷的になった。考える余裕ができたと捉えるべきか、それともやはり長旅で疲れていると捉えるべきか。ホテルのエレベーターで外国人のカップルを見かけたときは前者だと思っていたけど、もうわからないな。

 ただ、まぶたは確実に、重くなってる。
 目の奥が、じんわりと熱い。頭が軽くて、ぼーっとする。
 乗り換えまで、長い、はず。
 揺れが、心地いい。

 ・・・

 中学生だった頃から、俺の周りはすでに上京関係の話で持ちきりだった。

 こっちには何もない、つまらない、遅れてる。都会はなんでもあって、楽しそうで、最先端だからかっこいい。どこもかしこも、故郷を冗談まがいに貶して、言葉伝いでしか知らない場所を色鮮やかに空想した。いわゆる流行りみたいな、定型的な話題だった。

 これが高校生になってから、更に顕著になった。だけど、本気具合がちょっとずつ変わっていた。大まかに言うと、故郷派と都会派に分かれた。細分化すると色々あって、面倒だからあえて考えないでおく。高校三年生にもなれば、その線引きは浮き彫りになる。実際、そうなった。

 その線の上に立ちながら、俺は呆然と事を眺めていた。



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