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連載小説|明日はくるので、|⑦

 白い壁に、濃い茶色の床と、至ってシンプルな模様の部屋だ。すでにある程度、家具が揃っている。寝具が一通り。床と同じ色の机、椅子、そして、箪笥がある。あ、クローゼットもあった。最後に、エアコン付き。ネットに載せられていた写真の通り。重い荷物を置いて、大きくて長い息を吐き出す。

 一足先に都会に上京していた友達からの助言を聞きながら選んだ時、質素すぎないかと言われたけど、俺からすれば十分に綺麗で洗練されているように見えた。実家は和室がほとんどだったから、畳じゃない時点で異世界のようなんだ。少し落ち着かないけど、癖は根付いているからこそ癖というので、俺は床であぐらをかいた。

 あ、痛い。
 無理だ、座れない。


 ベッドに移動して、セッティングすることにした。布団のカバーと枕カバーも、灰色。シーツだけ、なぜか白。やっぱり灰色好きなのかな、荒井さん。無難ではあるけど。あとで聞いてみようかな。それにしても、前もって用意してもらえてるのは大変ありがたい。よし、これで終わり。

 メイキングができたベッドの上に座り、また改めてぐるりと部屋を見回した。前の人がちゃんとしていたのか、それとも荒井さんが見た目によらず几帳面なのか、忘れ物や埃がひとつもない。これから荷物を解いて、都会でものを揃えていけば、一気に生活感が増すんだろう。朝から夜まで忙しくて、掃除すらする暇がなくなったりして。そう考えると、この状態がなんだか勿体無い気がしてきた。

 かと言って、写真とか撮るのも違う気がする。

 ふと思い出し、ポケットからスマホを取り出して、実家の番号をタップした。

 呼び出し音がして数秒後、御袋の声がした。無事にシェアハウスに着いたこと、これから昼飯を食べること、そして、オーナーが優しそうなことを話すと、御袋はよかったと返した。スピーカーの向こうで、長く息を吐いたのが聞こえた。

 後ろの方から親父の声も微かに聞こえてきた。電話には出てくれないみたいだけど、チラチラと御袋の方を見てるらしい。親父らしいや。

 途中で、電話はおばあちゃんに変わった。お守りは持ってるかと聞かれて、ちゃんと持ってると答えた。身体には気をつけて、何かあったらいつでも帰っておいでと、おばあちゃんは立て続けに話した。心配ないからと、途中で遮ると一瞬の沈黙が漂った。おばあちゃんは、しゃがれた声で、そう、と応えた。でも、ありがとう。お礼を告げると、おばあちゃんはうんうんと、声になるかどうかわからない静けさで頷いた。もしかしたら、泣いていたかもしれない。

 御袋にまた変わると、定期的に連絡するように、休みの時は帰ってくるように、と約束させられた。珍しく、おばあちゃんに感化されたのか、鼻をすするような音がした。言及すると、切るわよと言われてしまった。俺がまたね、と言うと、うん、と返して、御袋は電話を切った。家族の声を聞いたら、張り詰めてた気持ちが少し緩んだかも。

 有給の取り方、後々聞かないとな。

 よし、昼飯を食べよう。リュックに手を伸ばした。

 まだ半日残っていてこれから、という時間のはずなのに、すでに一日を終えたような疲労感がぼんやりと身体の中から浮上してくる。特に空腹感が顕著だ。早く食べよ食べよ。

 まずは、おかかから。包装を取って、一口ぱくり。
 パリパリと歯ごたえのある海苔、つぶもちの白米に、塩っけが効いたおかか。
 ああ、うん。ちょっと、しょっぱいな。
 俺は無心におにぎりを食べた。
 そして、生ぬるくなってしまったお茶で締める。

 お腹が膨れた瞬間、身体がポカポカし始めて、むくむくと眠気までもが膨らんでいった。頭も瞼も重くなって、俺はボスリとベッドの上で横になった。目を閉じる。

 他の住居人たちが帰ってきたら、挨拶をしないと。
 夕飯のときでも、大丈夫かな。
 あ、差し入れの菓子、探すの忘れた。
 いや、でも、あとで、いいか。



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