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若手時代にどこまで走れるか? | 20世紀生まれの青春百景 #35

 わたしが大好きなキャッチコピーに富士ゼロックスのCMで使われた「モーレツからビューティフルへ」というものがある。1970年代に放映されていたもので、当時、若者文化の象徴的存在だった加藤和彦さんが「BEAUTIFUL」というパネルを持って街を歩き、最後にこのキャッチコピーが読み上げられる。ロック色の強い音楽は小林亜星さんが担当し、キャッチコピーはのちに国鉄の「ディスカバー・ジャパン」を手掛ける藤岡和賀夫さんが手がけた。

 このCMが放映されていた頃の日本は高度成長期の真っ只中で、モーレツがもっとも幅を利かせていた時代だ。敗戦を経験したばかりの日本がなぜ数十年のうちに急成長を果たせたかというと、各々がモーレツに働き、モーレツに結果を出していたから。ある種、根性の季節ともいえる。体育会系と呼ばれる部活動でモーレツに慣れていた人たちにとっては、とてもありがたい時代だっただろう。

 「かつての日本人に比べて、今の日本人は働かなくなった」という言説を最近よく見かける。ただ、そんな中で、未だにモーレツは幅を利かせているともいえる。たしかに労働時間は短くなった。働き方改革で労働そのものの時間が抑制され、上司や先輩はかつてのようにモーレツな指導を許されなくなった。

 しかしながら、明らかにひとりでは処理しきれないほどの量を抱え込ませる効率主義を持ち込んだ企業や、残業時間を残業時間とカウントしない企業が社会問題化するなど、今度は少なくなった人間をモーレツに働かせようとしている。結局のところ、張り詰めた空気感が表層の笑顔に変わっただけで、国民性はほとんど変わっていない。むしろ、このモーレツさを経験した人たちが多くなった分、大人たちの「俺たちに合わせない方がおかしいんだ」という空気感はむしろ高くなっているのではなかろうか。

 ひとつだけ確かなのは、若手時代の生き方が老後の幸せに直結することである。必ずしも企業に属することが第一ではなく、あらゆる生き方を選んでいく中で、いかに二十代を賢く過ごせるかが数十年後の幸せを決めていく。今のわたし自身はこの選択に失敗したと思っているのだけど、そういった失敗も取り返すチャンスがある。しかしながら、三十代や四十代を迎えてしまうと、二十代に走らなかった人たちが走るって相当難しいと言われる。

 三十代以降はビューティフルな生き方を貫いても良いかもしれないけれども、少なくとも、二十代のうちはモーレツな生き方をしても良いのではないか。いま、そうはいかない人もいるかもしれないけれども、もしやりたいことや目指したいものがあるのなら、わたしはモーレツに走り抜くことも悪いことではないと思う。ずっと無理はできないし、頑張れる量は人によって違うけれども、そこから逃げ続けていると頑張れない人になってしまう。

 これは自分自身にも投げかけたいのだが、その先を生き抜いていくために、どこまで頑張れるか。心身を大切にしつつも、どこまで頑張る量を増やせるか。

 いま、若手時代の生き方を考えている。

 2024.5.3
 坂岡 優

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