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短編・掌編

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記事一覧

【短編】君が好き

【短編】君が好き

 久しぶりに真希とふたりだけで食事をした帰り道、最寄りの駅を降りてから静まり返った深夜の住宅街を真希の家まで並んで歩いた。家々の窓からカーテン越しに灯りがみえる。白く光る街灯がぼんやりと道路に光をおとしている。
 夜空を見上げても星なんてひとつも見えない。暗闇になろうとしているのになりきれていないような薄明るい夜空の下を、遠くを走る車の音しか聞こえない深夜の住宅街をふたり並んで歩いた。
 ふたりの

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【短編】クリームソーダ

【短編】クリームソーダ

 喫茶店のカウンターできみがクリームソーダを飲んでいる。隣に座っている僕はそんなきみの様子を横目でこっそりと盗み見ている。そして目があってしまわないように細心の注意を払いながらきみの横顔を盗み見ている。

 わきの下辺りまで伸ばした茶色い髪と眉毛のあたりで揃えられた前髪に見とれる。きれいに反った長いまつ毛とすっとまっすぐ伸びた鼻筋に見とれる。そしてすこしめくれたようなきみのくちびるが誰かのくちびる

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【短編】youthful days

【短編】youthful days

 土曜日の午後三時のマクドナルド。ハンバーガーやポテトの匂いが充満した店内の二階の窓際の席にわたしたちは座っている。さっきまで勢いよく降っていたにわか雨はもうとっくにやんでいて雨水を吸いこんだアスファルトの所々に水たまりが出来ている。店の前の歩道沿いに停まっているクルマの窓についた水滴がすっと流れ落ちた。

 「なあ、さっき弾いてもらったベースの音めっちゃカッコよかったな」

 真希はそう言うとポ

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【短編】だれもが彼女に夢中になる

【短編】だれもが彼女に夢中になる

 都会から伸びてきた線路が県境の大きな河にかかる鉄橋を渡り、それから古くて汚らしい競輪場を避けるようにしておおきく右に回り込んだところに小さな駅があった。
 その駅も競輪場とたいして変わらない古くて小さくてみすぼらしい駅だった。その駅の正面にはみすぼらしい商店街があって、その商店街のつきあたりにあるコンビニで彼女は働いていた。
 そこは時給は安いし店長も意地悪な人だったが、パートのおばさん達は親切

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【短編】スマホを落とした話

【短編】スマホを落とした話

 令和六年二月十一日 日曜日 晴れ/曇り

 外食をしたいと夫を誘ってみた。いいんじゃないと夫が言ったのでクルマで十五分ほどのところにあるファミレスに行くことにした。

 ファミレスの駐車場にクルマを停めて、店に入ろうとしたそのときにポケットに入れたはずのスマホが無いことに気づいた。たしかに上着のポケットに入れたはずだとおもいながら身体中を探してみたが何度探してみてもスマホは見つからない。クルマの

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【短編】古本を手にいろいろと空想してみる

【短編】古本を手にいろいろと空想してみる

令和六年一月十九日 金曜日 晴れ

 従姉の結婚式に参列するために東京を訪れる機会があった。そして折角東京に来たのだからと思い、空いた一日に神田神保町の古書店を巡り歩いた。昼前に神保町に着き、それから数軒回ってそのうちの一軒で本を二冊買い、その書店を出てからしばらく歩いているうちに目に留まった喫茶店で遅めの昼食をとってホテルに戻った。
 ホテルに戻り、買った本のうちの一冊をおもむろにめくっていると

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【短編】服を売って古本を買う

 ある日のこと、寺町通の古書店を覗いてみると、店主のいるカウンターの足元に積まれた本の中に内田百閒の全集が半ば埋もれるようにして置いてあるのに気付いた。講談社の内田百閒全集全十巻。定価は一冊四千二百円也。全巻を束ねている紐に括り付けられた値札には七千数百円と書かれていた。

 以前これを別の古書店で見つけたときは確か一万数千円だった。それと比べたら破格に安いように思われたので店主にこの値段で間違い

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【短編】ピンヒールの女と黒服の男

令和六年一月十日 水曜日 曇り

 昨年の夏、用事があり夫と二人で金沢に行った。主計町の辺りで夕食をとった後タクシーで香林坊のホテルに向かったがそのままホテルに戻るのも勿体ない気がして、少し足を伸ばして以前訪れたことがある片町のバーに寄り道しようということになった。
 普段よりも疲れていたせいかジンフィズを一杯飲んだだけでずいぶんと酔った気がしたので、まだ飲み足りない様子の夫には申し訳ないと思いな

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