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はじまりはなくなってしまった。よって、おわりもない。

那覇空港に到着したのが9時半ごろ。荷物を受け取りすぐバスに乗り、10時すぎには宿泊先近くのカーシェアで借りた車に乗っていた。そこから沖縄本島の北部を目指して車を走らせた(最終的に沖縄最北端のファミリーマートにまで到達することになる)。

特に目的があったわけではない。沖縄には何度か来たことがあるが、それまで運転ができなかったこともあり移動範囲が限られていた。車という足を手に入れた今、せっかくだから遠くまで行ってみよう、という非常に安直な考えが私を北に導いたのだ。

那覇というのは沖縄の中でもかなり南に位置することに気がついたのは北上することに決めた時だった。きっと那覇から車で2時間のそこは、私が知っている沖縄とは全然違う何かがあるはずだ。昨年行ったベトナムのホーチミンとハノイの季節のあり方が違うように。尤も、その2都市間は飛行機で2時間だ。車で那覇から2時間しか離れていないそこは、きっと私の想像ほどは違わない。それでも私は、那覇以外の沖縄を知れることにどこか心躍らせていた。


4月の沖縄は既に蒸し暑く、エアコンなしでは過ごせなかった。車内の冷房は何度に設定するのが適切なんだっけ…?と思案しながら、快適な温度と風量を試行錯誤の末に見つけた。快適になった車内で、とりあえず音楽を流してみたが、特に聴きたい曲というわけではなかった。沖縄の道路を走るのに、音楽なしというのはなんだか“申し訳ない”ような気がしただけだった。

2時間弱の行程の前半半分くらいが高速道路で、残りが下道だった。高速を降りたあとは海沿いのカーブが続く道を直走った。前の車が程よいスピードで運転してくれていたため、何も考えずにただそれについていった。

ふと、窓を開けたくなった。エアコンを切り、運転席とその後ろの窓を全開にした。蒸し暑さとスピードが生み出す風の折り合いがちょうどよかった。

旅をしている気分になった。

出張であちこち回っているが、旅をしている感覚を伴うことはほぼない。仕事があるからかもしれないが、それ以上に旅にはきっと「風」が必要なのだ。


「一緒に旅行に行きたかったな」

介護をはじめてまもない頃、母は私にそう告げた。余命2ヶ月と告げられた彼女に旅行などできるはずもないので、それは願望にもなり得ないただの夢だった。

もっと早くに、旅行に連れて行けばよかった…旅の気分はほろ苦さを伴った。


そんな気分を振り払おうと思ったのか、急に歌いたくなった。普段カラオケにすらも行かない私だが、風を切る沖縄の車の中、「歌う」という行為がとても魅力的なものに思えたのだ。

何を歌おう…普段歌わないから、当然「十八番」なんてない。


「あいみょん、好きよ。『マリーゴールド』なんて素敵よね」

病床の母は、楽しそうにそう告げた。彼女があいみょん好きだなんて知らなかったし、そもそも私はあいみょん自体もよくわかっていなかった。「みちょぱ」とか「ゆきぽよ」の類だとばかり思っていたほどだ。

旅立ちの数時間前、もう意識もなく、ただ呼吸をしているだけの彼女に何を話しかけていいのかわからない私は、先の言葉を思い出した。あいみょんの『マリーゴールド』をYouTubeで探し、歌詞を見ながら、聞き覚えのあるメロディーに乗せて歌ってみた。

ああ アイラブユーの言葉じゃ足りないからとキスして

あいみょん『マリーゴールド』

歌えなかった。


沖縄の北へと向かう車の中、『マリーゴールド』をかけてみた。湿気と風の折り重なる中、あいみょんの歌声は真っ直ぐに響いた。そんな中私は、死に近づく彼女に何度も「大好きだよ」と声をかけたあの日々を思い出した。

サングラスの下が涙で溢れた。やっぱり歌えなかった。


いつだって旅をしている…そう思った。帰る家などなく、どこにいたって私はひとり孤独に彷徨っている。母亡き今、生まれ故郷も何もない、私はただの根無草。こんな私の状況を「旅」といわずになんと呼ぼう。

母の思い出と共に、いつまでも、どこまでも、私の旅は続く。はじまりはなくなってしまった。よって、おわりもない。


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