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カタサヨエイエンニ

「かたい」を漢字に変換するときはいつも迷う。硬い、固い、堅い…どれも近いようでどこか違う。

そもそも「かたい」の守備範囲は広い。崩れにくさや自由度の低さであれば、物理的なものから精神的な事象まで用いられる。ダイヤモンド、絆、信念、仕事、あるいは成功確率にまで及ぶ。

「かたい」の反対語としてすぐ浮かぶ「やわらかい」はそれに比べると意味範囲が若干狭いような気がする。物理的な意味合い以外で比喩的に用いられるのは表情や色彩、テクスチャーといった五感に関するものにほぼ限られ、精神的なものや抽象的な概念に用いられることは「かたい」と比較すると少ない。漢字も「柔らかい」と「軟らかい」のふたつに限られるところにもその狭さが表れているのかもしれない。

「柔よく剛を制す」とはいうが、そんな幅の広さを持つ「かたさ」はまたひとつの魅力たり得ると私は思う。「やわらかい」に比べるとネガティブなニュアンスで使われがちだが、「かたくていいもの」はたくさんあるのだ。


アイスなんかがいい例だろう。


日本列島に激震が走ったのは去年の夏頃だった。記憶に新しいことだと思うが、東海道新幹線が車内販売を10月に終了することを発表したのだ。

このニュースを耳にしたあの暑い日、皆の頭の中にはスジャータのアイスが思い浮かんでいたはずだ。

そう、かの有名な「シンカンセンスゴイカタイアイス」である。

万が一知らない人がいる可能性を鑑みて簡単に説明すると、新幹線の車内で販売されていたスジャータのアイスは、そのかたさ故に「シンカンセンスゴイカタイアイス」と呼ばれていた。購入直後にプラスチックのスプーンで表面をほじくろうとしても、軽く傷がつく程度で全く歯が立たない。流れゆく車窓の景色をしばらく眺めながら、アイスがその頑なな態度を軟化させるのを待つことを余儀なくされる。その待ち時間は、濃厚なアイスの味をさらに引き立て、旅路に甘い彩りをそえる。

出張で新幹線を利用するたびに食べていたそれは、楽しみや喜びを通り越して、もはや儀式だった。「シンカンセンスゴイカタイアイス付新幹線指定席切符」の販売を願ってやまなかった。


車内販売なき今日、私たちは「シンカンセンスゴイカタイアイス」を発車前のホームで買うことになる。車内販売とともにこのアイスの存在も消滅するのではという危惧は杞憂に終わったが、あのかたさは泡沫のように消えてしまった。購入後座席にてスプーンを立てると、少し力を入れただけでアイスが掬えてしまう。アイスとしては普通なのだが、もはや「シンカンセンスゴイカタイアイス」ではなくなってしまった。


いや、本当に「シンカンセンスゴイカタイアイス」ではなくなったのだろうか。

「シンカンセンスゴイカタイアイス」はそのかたさ故に名を馳せたが、その人気は美味しさと新幹線の車内でアイスを食べるという行為がもたらす幸福からきていた。かたくなかったとしても、私たちはアイスを車内で注文したことだろう。

そういう意味では、「シンカンセンスゴイカタイアイス」は、物理的な意味合いをこえて「かたい」ものであったといえるのではないか。


名古屋から京都に向かう新幹線の乗車前に、例によって「シンカンセンスゴイカタイアイス」を購入した。その日はベルギーチョコ味にした。

発車後、ふと「シンカンセンスゴイカタイアイス」が物理的にもかたかったあの日が思い出された。すぐに食べるのではなく、少し待ちながら流れゆく景色を眺めることにした。

建設途中の橋が目に入った。遠目にはほぼ完成しているように見えたその橋の上で、クレーン車がサイのように静かに眠っていた。今日においてもまだ橋を建設することがなんだか不思議に思われた。

橋を作ることは社会を「かたく」するのだろうか。それとも社会は「やわらかく」なるのだろうか…そんなことを考えながら、私はやわらかい「シンカンセンスゴイカタイアイス」を口に含んだ。

それは今でもしっかりかたかった。


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