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圧巻のティファニーワンダー展

誕生石シリーズを中断させて以来、noteではこのところ宝石ネタから遠ざかりぎみになっていた。わたしの仕事は宝石を調べることなので、とうぜん話題がないということではない。むしろありすぎると言っても良いかもしれない。ないのは心と時間の余裕。

先月なかば、山梨ジュエリーフェアに仕事で赴いた際、海外から石の買い付けに来ていたディーラーの女性にばったりった。ばったりとは言うものの、来日することは聞いていたから、アポこそとってはいなかったものの、予定調和的に会場に居合わせたと言ってよい。なぜかお互い持っていたお土産の交換などをし、情報交換をしたのも予定調和。

そんな情報交換のなか、なにか観ておくべきものはないかと訊かれたわたしが彼女に薦めたのは、ジュエリーフェア最終日の4月12日に東京ではじまる「ティファニーワンダー」展だった。これはあの米国のジュエリーブランド、ティファニー・アンド・カンパニーによる大規模な展覧会だ。

山梨に買い付けに来ていたそのディーラーは、翌5月にも来日すると聞いていたから、今回ティファニーワンダー展に急いで行かなくてもまだチャンスはありそうだ。しかし、たぶん他ではそうそう観られない展示だろうし、会期の後半には混み合うかもしれない。彼女が日本を離れるまでに観る機会があれば観ておくに越したことはない。わたしはそう考えて薦めておいた。

職場でもちらほらと、早々にこのティファニーワンダー展に行った同僚がいた。ソーシャルメディアでも早くから同展の感想が書かれているのを目にした。感想はいずれも絶賛だった。

展覧会がはじまって2周目の週末、早速わたしは別の同僚とティファニーワンダー展に行くことにした。

ジュエリーブランドの展示会。これまでnoteに書いたものでは、大手のブランドが無料で開催してくれたイベントがいくつかあった。

とか、

とか、

とか。

ポメラートは毎年やってくれているし、ヴァン・クリーフ・アンド・アーペルもレコール(ジュエリーと宝飾芸術の学校)を通していろいろとやってくれている。このnoteを書いている今、タサキの70周年記念イベントが表参道で開催されている。noteには書きそびれていても、わたしはほぼすべてに足を運んでいる。

有料のものでは、近年ではトーハクのブルガリ展、三菱一号館のショーメ展、国立新美術館のカルティエ展と、ちらほらたびたび開催されてきた。これらはブランド主催ではないというのが有料の理由だろう。美術館・博物館とスポンサーの企画で、ブランドが協力している関係。

今回のティファニーワンダー展はブランドが主催した展覧会/展示会だ。それでいて有料(2000円)。会場は美術館・博物館ではなく、新たにできたイベントスペース。しかも東京を見渡せるタワー最上階。ブランドの本気度が窺える。

さて、そのティファニーワンダー展。会場は虎ノ門ヒルズにあるステーションタワーTOKYO NODEの45階。会場の外ではあるものの地下鉄駅の広告はすべてがティファニー(見出し画像は改札前の大型スクリーン)。会場に着く前からお金のかけ方の違いを見せつけてくれる。

45階の待合スペースからは国会議事堂や皇居が見下ろせる。待合スペース内には巨大なティファニーバード。

待合スペースの窓からの眺め
ブルーボックスの上に立つ鳥さん

Bird on a Rockの製作実演を観たあと、この巨大バードがかなり忠実に再現されているのがわかった(後述)。

公式サイトにもあるように、展示点数は約500点もある。そのうち300点が日本初公開で180点が世界初公開とのこと。仮に1点につき30秒をかけるとしたら250分。じつに4時間を超える計算だ。それに石留めや研磨、エングレービングの実演もあるし、映像資料もある。しっかり観るには半日以上は確保しておかないと厳しいボリュームだ。

展示以外にショップもある(上の写真のティファニーバードの奥の空間)。ショップに入るには現地で別途登録が必要。グッズはオンラインでも買えるから必ずしも来場者全員が見るわけではないのだけど、なにかを買いたいならやはり実物は見ておきたいものだ。ショップスペースに案内されるまで結構待たされた。

◆◇◆

館内は写真撮影可。今回はわたしにしてはけっこう撮影した。展示品そのものというより、照明やディスプレイも気になったのがその理由。ひとつひとつを挙げるわけにはいかないのでかいつまんでメモを添えて載せておこう。

エメラルドとダイヤモンドのネックレス、初期のカタログ(ブルーブック)

ブルーブックはもっとグリーンだった!?ダイヤモンドの分散の大きさを物語っている背後の虹色に気づくとちょっと嬉しい。これは図録ではわからないダイヤモンドらしさだ。

ブレスレット、ブローチ、ネックレスなど新旧ジュエリー揃い踏み

左端のブレスレットは1920年代のもの。あとは古いものも最近のものもある。中央のネックレスのタンザナイト、ほかのお客さんが大きいと驚くのが聴こえてしまった。鑑別の仕事をしているとそのあたりの感覚が麻痺してしまうのだけど、もっともっと大きなタンザナイトはけっこうあるのだ。このアイテムは、ネックレス自体のボリューム感も手伝って確かに存在感がある。中石の下のバゲットダイヤで組まれた部分がニューヨークの摩天楼を思わせる。その右隣のウォッチ、フェイスが青い。青いぞ。

下の写真は別のウォッチ。こちらはグリーン。

腕時計のグリーンは・・・

現代でも時計に天然ダイヤモンドを用いた物はある。合成ダイヤモンドもある。スマホの画面なども含めて一般的なのは合成サファイアだ。これらの素材が使われるのは、硬度が高く傷つきにくいからにほかならない。しかしこれはエメラルド。もともと亀裂もあるし、こうした使い方には適しているのか?それでもやってしまうところが面白い。これだけ薄くしてもしっかりグリーンなので、もともと色の濃いものだろう。つい職業病で含浸処理による閃光フラッシュを探してしまった。見つけたかどうかはナイショ。

ティファニーの歴史を語るタペストリー

1837年創業のティファニー社の歴史を紹介するコーナーはWonder of Originと命名されていた。その円型の部屋の壁にはぐるりとタペストリーがある。このタペストリーがまた秀逸で、もちろんこの展覧会のために作られたという。ところどころ壁面にはジュエリーが飾られ、中央に社屋の模型などもある。

タペストリーを拡大!

エングレービングの実演をしていた職人さんが、わたしが宝石の鑑別をしていると知って見逃してはいけないと勧めてくれていたものがある。大きなクンツァイトのペンダントだ。

重そうなクンツァイトのネックレス

パロマ・ピカソによるデザインのこのパールネックレスには大きなペアシェイプのクンツァイトが下がっている(ピンクがちなのは照明のせいか)。以前に紹介したスミソニアンにある同じくパロマ・ピカソによるものも同様のデザインだけど、関係はあるんだろうか。

このクンツァイトはいったいどれだけの重量があるのだろう(ティファニーの方針なのか、この展覧会では石の重量がことごとく書かれていない)。もともとクンツァイトは大きな結晶が存在する宝石だ。ただ多色性が強いのと特定の方向に割れやすいので研磨が難しいことで知られる。

この大きなクンツァイト、上の写真では不明瞭だけど平行なチューブ状のインクルージョンがたくさん入っていて、現代的なデザインと調和している。インクルージョンの方向は結晶方位に沿うからどういった向きにして研磨されたのかが推察できて面白い。

エングレービングの職人さんは、ニューヨークで働いているらしいけれど、ティファニー以外のものも手掛けているという。会場ではシルバーのプレートにティファニーワンダー展のロゴマークを彫っていた。来場者と話しながらなのでなかなか進まないけれど、会期中に数枚はできるだろうとのこと。

彼はわたしを見るなりアーティストかと訊いてきた。わたしがベレー帽を被っていたからだろうか。どんな作品を作っているのかなどいろいろと訊かれ、最近はオイルパステルで具象絵画を描いている話をした。作品を見たいというので、ウェブサイトやソーシャルメディアのリンクがある個人の名刺を渡した。名刺の肩書きはPainting Gemologist(絵を描く宝石学者)。職人さんはそのGemologistのほうに食いついてくれた(ジュエリーブランドだから当然か)。そうなのです、わたしは日本のティファニーで研修の講師もしていたのですよ(これはさすがに話さなかったけど)。素性がバレてしまった。そうしてあのクンツァイトについての会話になったというワケ。

エングレービングの職人さんがわたしのウェブサイトを見てくれたかどうかはわからない。将来的にエングレービングの下絵を描いてほしいとかいう連絡があったら嬉しいなぁ・・・などと都合のよいことを思う。

ティファニーはアーティスティックである。もちろんどのブランドも多かれ少なかれデザイン上の独自性をもっているものだけど、もしかしたらこうして外部とのやりとりを通してそのアーティスティックなインプットを確保しているのかもしれない・・・などと思った。

そんなアーティスティックな側面は展示ディスプレイにも現れている。後半の一連の展示空間(Wonder of Dreamsと命名されていた)はそんなことを思わせるものだった。日本文化をモチーフにしたという幾何学的な仕切りで区切られたひとつのひとつディスプレイはそれぞれが独自の世界を持っていた。

静止画だとわからないけれども、どれも動きがあって面白い演出だった。左上の写真のビル群はクォーツ(水晶)でできていて、そんな細かさにもびっくり。

大手のブランドにはなにかとアイコニックな製品があるものだ。ティファニーの場合、入口の巨大オブジェにもあるように、ジャン・シュランバージェ(かつてはジーン・シュランバーゼーと呼ばれていたけど、いつから日本語での表記が変わったのだろう)の手による小鳥のデザインはきわめてアイコニックだ。

bird on a rockシリーズ!

ここでは初代Bird on a Rockのラピスラズリが展示されていた。ほかにも、いくつもの異なる宝石のバージョンが並んでいた。石留めの実演でも、ダリのような口ひげの職人さんがアメシストをセットするところを見せてくれていたし、触らせてくれもした。鳥のパーツもそれぞれを観察できて、入口の巨大オブジェの再現性の高さがよくわかった。なお、鳥の眼には代々ピンクサファイアが使われているとのこと。

我が家にはティファニーのワイングラスがあるのだけど、その柄がこの鳥の足跡なんじゃないかと気がついた。

ティファニーのフルートグラス

もちろん他のデザイナーによるアイコニックな製品もあるのだけど、この小鳥には及ばない。その後にも、小鳥モチーフはたびたび登場した。

このオーバルシェイプのダイヤモンドは何カラットあるのだろう。例によって重量の表記がなくてわからないのだけど、とても気になった。

伝説的な128.54カラットのイエローダイヤ(これは重量の情報が独り歩きしているのでわかっていたけど、展示ではやはり言及なし)をリメイクしたものは、最後にひとつの部屋が割り当てられていた。この1点のためだけに。メインビジュアルにもなっているし、ティファニー社の力の入れようがわかる。

部屋全体がインスタレーションになった演出も見事だった

ティファニー社は日本に思い入れがあるという。それはかつてルイス・コンフォート・ティファニー氏が日本美術に傾倒し、インスピレーションを得てインテリアデザインを進めたところにも見てとれる。

ルイス氏とティファニー社のあいだには確執があったなんて説があったけれど、ここでは「Love with Japan」として氏の作品やそれにインスパイアされた作品が並んでいた。ジュエリー展示の暗い展示空間から一転、明るい室内に安堵する。

照明器具や花瓶の数々

ティファニーのブランドにまつわるのはジュエリーやインテリアにとどまらない。映画やスポーツについてもしっかりとスペースが割かれていた。

ティファニーワンダー展を観た翌日にも書いていたけど、映画「ティファニーで朝食を」のオードリー・ヘプバーンの飾らない歌声がとても良い。ここでは回転する映画館シートから映画の世界を見渡せる作りになっていた。

このあと、スポーツのトロフィーなどが並ぶ空間を抜け、さきほど書いたイエローダイヤの間につながっている。ほんとうに徹底して作りこまれた展覧会だった。

山梨で会ったストーンディーラーの女性から連絡があった。帰国前にティファニーワンダー展を観ることが出来たらしい。はじまってすぐのタイミングだったけど、平日だったからか空いていてゆったり観られたと。彼女からのメッセージには、この展覧会を紹介したことへの感謝とともに、絶対に見逃してはならないこと、行くなら1日がかりで観ること、そして次の来日時にも再び訪れたい旨がつづられていた。

それを受け取ったのはわたしが観に行った翌日だった。もちろんわたしも感想を送った。エングレービングの職人さんと話が盛りあがったので、依頼があれば下絵を描けるかもなんて冗談も。そうすると彼女は石留めの職人さんと会話がはずんで、米国進出の際はよろしく頼むなんて言っていたらしい。別の職人さんだったけど、どちらも気さくなところが良い。この気さくさもティファニーらしさだろうか。

わたしは会場で図録を購入した。ティファニーブルーの立派な箱に入れてくれたので、帰宅途中の電車ではけっこう目立っていたに違いない。この大きさのティファニー製品なら・・・いったいいくらするジュエリーが入っていることか!

開封の儀

図録とはいえ、これは展覧会のコンセプトと主だった展示品を載せた記念ブックである。500点にもなるすべての展示品を網羅したものではない。

展示だけではわからなかったこともあるいっぽうで、図録にはない展示も多い。また、再確認したい箇所も出てきた。会期は6月23日まで。わたしももう一度行っておこうかなと思い始めている。

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