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書評 #35|組織的カオスフットボール教典 ユルゲン・クロップが企てる攪乱と破壊

 リヴァプールが近年示してきた強さの背景が凝縮された一冊。読後の感想として、以前からの印象でもある「相手視点での意図的な迷いの創造」が補足された気がした。平たく言えば、それは「後出しじゃんけんの徹底」とも表現できる。

 機械的に相手の守備を崩し、攻撃を防ぐディテールが随所に見られる。それらを読み進め、近代フットボールにおけるスペースの重要性を再認識させられる。攻撃時にはいかにしてスペースを作るか。守備時はいかにして塞ぐか。攻守が折り重なる展開の中、スペースを制する狙いと実践が本著では見て取れる。

 特に料理への最後の盛りつけをするシェフのように、アレクサンダー=アーノルドがハーフスペースへと入りクロスを繰り出す。空いたスペースをヘンダーソンが埋めて横幅と均衡を保つ。ファン・ダイクへの素早い横パスを通じた崩しの初手。リヴァプールのポゼッションを循環し、相手のそれを停滞させる、ワイナルドゥムのポジション取り。それらは僕にとっての再発見であり、「個々の構成要素がすべて一体となって機能し、各部分の単純な合計を上回る何かを生み出している」という言葉に要約される、リヴァプールの特徴を緻密に描き出すものである。

 87もの図を使ってリー・スコットはリヴァプールの戦略と実践を説明する。一方で、盤石の強さを誇ったリヴァプールでも成功ばかりで終わった試合はなく、アクションや狙いを大項目に据え、成功と失敗とその要因の精査もあれば、さらに興味深くなると感じた。

 そして、巻末にある庄司悟による「クロップ魔法陣」の説明が魅力的に映った。それは簡潔さとディテールの両方を兼備し、試合に臨むコンセプトの重要性を語る。それに加え、その良し悪しを「奇抜・大胆・明快・新鮮」さで測るとしたのは「強いチームがなぜ強いのか」という単純な疑問に対する一つの解答であるようにも思う。この一節はサッカーの裾野を広げ得る解説だ。

 また、調子がなかなか上向かない、最近のリヴァプールと照らし合わせながら読むのも面白い。相手から研究されていることを大前提とし、攻撃における要所を絞られていること。攻守においてファン・ダイクの特徴を補完できていないこと。ファビーニョほどに広大なスペースを中盤でカバーできていないこと。場合によってはアレクサンダー=アーノルドとティアゴ・アルカンタラの役割が重複していること。勝手な妄想ばかりだが、そんなことを想像してしまう。

 サッカーの試合におけるチームの強さを言語化すること。それは魅力的な冒険であり、正解のない宝探しをするかのようなロマンを僕は感じる。その探求に道標を立て、探求への熱を高める一翼を本著は担ってくれる。


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