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書評 #31|フットボール風土記

 淡々とした文章。だからこそ、純度の高い感情が伝わってくる。サッカーが持つ喜怒哀楽を描いている。宇都宮徹壱の『フットボール風土記』を僕はそう評したい。

 著者はそこにしかないサッカーを求めて、日本中を旅する。読者はその旅に同伴しているような感覚を覚える。丁寧に、簡潔に。事実と思いを適切なバランスで宇都宮徹壱は紡いでいく。

 「そこにしかないサッカー」の「サッカー」とは何を指すのだろう。それは試合であり、日々の練習でもある。サポーターたちの声援であり、嘆きでもある。しかし、それは表層的だ。「サッカー」とは何か。それは「サッカーに対する愛情」の一言に集約される。

 日本のサッカーを山に例え、その頂には日本代表とJリーグが存在する。雪をまとった富士の頂のように、多くの人々はその美しさや華やかさに魅了される。本著は山の中腹にまつわる物語だ。

 そして、山を遠くから眺めるのではなく、その山を登り、そこにいる人々の声やその場の空気を伝える。土に隠れた小石のように、埋もれてしまいかねない思いを拾う。そこに『フットボール風土記』の価値がある。僕はそう思う。

 語られるサッカーは山の頂上に位置してはいない。しかし、それは負けずとも劣らない感情を発し、発露させる力を有する。でこぼこのグラウンドを慣らし、二千円のボールを四千円へと変えるために。サッカーを生業とする多くの人々がおり、多くの価値観に触れることができる。一つとして同じ形はないが、根底にあるサッカーへの愛は同じであり、皆が勝利という名の下、山の上を意識していることが伝わってくる。

 上を目指す者がいれば、そこに留まる者もいる。正解はない。しかし、共通して言えることは、全員がクラブの生命を明日へとつなごうとしていることだ。

 それは同時に、クラブを生かしていくことの難しさを読者に伝える。道のりは険しい。一方で世界中を見渡して見ても、どこのクラブもその創意工夫が哲学や理念を強固にする役割を果たしているように感じられる。

 頂上へと向ける意識は世界へと一本の道筋を通す。そこが普遍である、サッカーの魅力ではないだろうか。ローカルからグローバルへ。国内の旅路は、このスポーツが持つ宇宙の広がりにも似た魅力を再認識させてくれる。


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