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ナイーブな感情で戦争を語る恐ろしさ

ぼくは感情と思考をごちゃまぜにするのが嫌いなので、できれば時事問題は語りたくない。時事を語る人の多くが、感情的に肩入れするので関わりたくないのだ。それが、荒々しい感情であろうと、幼子のようなナイーブな感情であろうと、イヤである。その点、経済や金融はロジックで語れるので好きだ。

とはいえ、バルト海のパイプライン爆破の真相についてあまりに日本で無視されているので、見てみないふりはできず、1回書いておかなければならないと思っていた。

昨日の怪談話みたいに簡単な話ではないが、伸ばし伸ばしになっていたので、重い腰を上げる。ナイーブな感情も、荒々しい感情も、理想主義も抜きにして、あくまで冷静にやりたい。

結論は

日本のテレビに出ている国際問題評論家はホントに罪が深いよな・・

というものだ。

事件のあらまし

ロシアからドイツには天然ガスを送るための海底パイプラインが4本とおっている。そのうちの3つが去年の9月に爆破された。

敷設には全部で数兆円のおカネがかかっており、その費用の半分はロシアのエネルギー企業がだし、残りの半分は英独仏エネルギー企業が出している。

それがだれによって爆破されたのかいまでもわかっていない。これが事件の概要だ。

みんなも知っているアメリカの外交方針

ところで、アメリカの外交政策の基本方針は3つあり、その1つは

・ドイツとロシアを近づけない

というものである。これはとても大事なことだとされている。ほかにも2つあり、

・中東を混乱状態に置く

というのと

・極東諸国を仲良くさせない

というのがそれだ。これはうわさではなく、アメリカ戦後外交の骨組みを作ったブレジンスキーという人の本に書いてあるので日本語で誰でも読める。

誰が爆破したのか

さて、そういうアメリカからすれば、ロシアからドイツにパイプラインが通って両国が仲良くなるのは大変に困るわけである。バイデン政権もくりかえしこのパイプラインに反対を表明してきたが、しかしパイプラインはできあがってしまった。ウクライナ戦争前の話だ。

それが去年の9月に爆破されて、ドイツはアメリカからシェールガスを輸入しなければならなくなり、冬の暖房費が上がって庶民は苦しんだ。それで「果たしてロシアが爆破したのか?アメリカがやったのか?」が問題になっている。

建設費用の半分を負担したロシアが自爆させたのか。それとも1円も出さず、文句を言ってきたアメリカがやったのか。いずれにしろ誰かがやったわけだ。

エマニュエル・トッドの意見

評論家の佐藤優氏は、その点をフランスの有名な経済学者であるエマニュエルトッドに聞いたところ、単純明快な答えが出てきたそうだ。

ロシアは栓を締めればいいだけだから、やる合理性がない。そういう簡単な話だ(中略)何でそのインフラを壊さないといけないのかと、ここのところに対する合理的な説明が、ロシアの自作自演説にはない

と答えたそうで、佐藤さんは「スッと納得してしまった」のだという。

ぼくの素人考えでも、ロシアがEUをゆさぶりたければ、パイプラインの栓を止めたり、また開いたり、開くと見せかけて止めたりなど自由自在である。そういう影響力を持つために敷設したはずだ。

しかし壊してしまったらなにもできない。外交カードとして使うことはできなくなってしまうので大損である。

一方でアメリカ政府は、爆破当時に、

歓迎すべきこと

とするコメントを発表しているので、「だれがやったにせよ」アメリカ政府が喜んでいるのはまちがない。

ある告発

そういう流れの中で、今年の2月に著名なジャーナリスト、シーモア・ハーシュ氏が「アメリカがやった」という記事を公開した。

ハーシュ氏は、ベトナム戦争時にソンミ村の虐殺事件を暴いてピュリッツアー賞を取った人である。その後もロッキード事件とか、大韓航空機爆破事件とかイラク人収容者虐待事件とか、ISに米国が援助していた件など、いろんなスクープをとりまくっている一流中の一流だ。

かれによれば、毎年6月に行われる「バルト海作戦22」という演習でアメリカが爆弾を仕掛け、9月にノルウェー海軍のP8偵察機が、ソナーブイを投下して爆破したのだという。

なお、ハーシュによればノルウェー海軍とアメリカは昔から黒い関係にあるそうだ。ベトナム戦争のきっかけになったトンキン湾事件は、アメリカの自作自演だということが歴史的事実だが、その際にノルウェーの潜水夫が協力したあたりからの関係なのだそうだ。

ちなみにノルウェーはNATOに加盟していないけど、NATOの事務局長はなぜかノルウェー人という長年の七不思議もあったわけだが、こうなってみれば「国際コネ社会」というやつでいろいろつながる。というわけで、日本でこの件をがんばって報道しているサイトがこちら。

さて、ハーシュの告発後、3月になって、これまでだまっていた米独の両国メディアが「一斉に」爆破犯について報じ始めた。アメリカではNYタイムズが「親ウクライナ派がやった」と報じ、ドイツのシュピーゲル誌も「親ウクライナの過激派がやった」と言い出したので、あくまでシロウトとしてみた場合

火消しに走ってるな~

という印象は受けてしまう。日本のテレビは、ハーシュ氏の記事をどこも報じなかったが、アメリカのFOXなどは大騒ぎしていた。

日本の専門家の意見

これについて、ニューズウィーク日本版で「ノルドストリーム爆破は誰の犯行か 河東哲夫×小泉悠」という対談があったのだがこちらも興味深いものだった。河東氏が、

アメリカであれドイツであれ、ハーシュ記者の情報を否定するために一生懸命情報を流しているという感じがしますね。

と水を向けたのに対し、小泉氏は

これ単体で読むととても説得力がありますが、私はやや眉唾ものだという気がしています。

と言う。理由は、

仮にアメリカが本当にやったのだとすると、露見した場合のリスクがあまりにも大きい(中略)。それをそこまで分かってやるアメリカなのか。

ということなのだそうだが、一体どういう意味なのだろう?「トンキン湾の自作自演と同じくらいのリスクを背負うのはアメリカらしくない」という意味なのだろうか?それとも「スノーデン疑惑のようなことをするのはアメリカらしくない」という意味なのだろうか。

一方で、小泉氏はハーシュの説を容認するような物言いもしている。

ハーシュが言うように、今回の爆破がアメリカの工作だとすると(中略)もし本当にそうだとすれば、結果的にそれは、暴力闘争では勝っているが全体的に負けているんじゃないか。非常に視野の狭いアメリカになってはいないかという心配を、一同盟国の国民としては思いますね。

つまり、軍事評論家の立場では「眉唾だ」としつつ、一日本国民としては「アメリカの視野の狭さが心配だ」といっているわけである。なにが言いたいのかよくわからない。

ぼくとしては「暴力闘争に関するナイーブな心配」は庶民に任せて、プロはロジックで説明してほしいのだが、こういう微妙なすり替えができなければ日本のテレビには出られないのだろうな。

問題はロシアに対する憎しみ

ハーシュの言うように、ヌーランドとブリンケンとノルウェー海軍が共謀したのかどうかはぼくのようなシロウトにはわからない。しかし軍事評論家ではない一同盟国民としては、アメリカの視野の狭さをナイーブに心配する以前に、「作った人以外の誰か」が壊したのだろうな、とは考える。

さて、なんでこの話を長々と書いてきたかというと、ぼく自身の見解はたった1つでずっと変わらないからである。

ロシアは歴史上、そして現在もあくどいことはいろいろやっている。しかしずっと未来になって歴史を振り返った時に「欧米のロシアに対する憎しみ」というのが後悔してもしきれないほどの意味を持つことになるだろう

ということだ。この点だけは、「シロウトではない人」の意見としてきちんと書いておく。ぼくもそこそこの年月を生きてきたので、なんでもかんでもシロウトの判断力でやっているというわけではない。

さて、この点の見方は佐藤優氏も同じで、さすがである。

この(ハーシュの)調査報道が出てきても、これに対して極力目を向けたくない力が、なぜヨーロッパで働いているのか、アメリカで働いているのかっていうのは、(中略)やっぱり恐ろしい反ロ感情というのは、草の根から生じているんだという。こういうところ。

 その結果、それが跳ね返ると、この戦争をやむを得ないというロシア人の感情になっちゃうっていうこと

ただし、佐藤氏はこうも言う。

この(ハーシュの)調査報道が出てくるっていうところが、アメリカの自由、それから、アメリカのメディア、権力監視の機能っていうのは、生きてるんだなっていうことで、大きい意味では、アメリカの国益になると、僕は思うけどね

ハーシュ氏の告発に極力目を向けたくない感情は、欧米だけでなく、日本のテレビにもあり、むしろ一層深刻だ。欧米は少なくとも報道しているが、日本では一切出ない。

本来なら話題にすべき日本の専門家たちは、暴力に対するナイーブな心配を装いつつ、黙殺している。しかし、アメリカの視野の狭さを心配する前に、自分たちの心配をしてほしい。

もちろん、さまざまな良心のハードルを越えなければ、この件でテレビなどには出られないのだろう。そこを越えた人たちだけが、地上波で、

いかにプーチンが脅威か

ということを「ナイーブな感情で」語り続けているのだろうが、ロジックを無視したそのナイーブな罪深さが恐ろしい。

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