横浜アリーナ/supernova [short story]

【あらすじ】新横浜駅で久々に再会した兄と妹は、これから横浜アリーナへミュージシャンのライブを観に行く。ところが、兄が友人として連れてきたのは――。
天文学者への道を進む兄と、その兄を天文学へ引きずり込んだ妹。ふたりの距離は、まるで遠い星の天文現象のように、ライブ開演前までの短時間で静かに揺れ動いてゆく。

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下北沢トリウッド・ロードショー(5月17日~30日)記念企画、『伝える』DVD/Blu-ray+BOOKに収録されている小説本から、「横浜アリーナ/supernova」を公開します。
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横浜アリーナ / supernova

 腕時計を確認した。14時55分31秒、32秒、33秒……。
 私が眺めている間に、秒針が律儀にコチコチと時を刻んでゆく。約束の3時までもうすぐだった。
 隣には兄がいる。兄は、そっと私の袖を掴んで改札口の喧騒に耳を傾けていた。

 その時、後ろから声をかける人物に気がついた私は、振り返って初めて、「待ち合わせていた兄の友人」が誰なのかを知った。
 JR新横浜駅。ちょうどこれから、あるロックバンドのライブが横浜アリーナで行われるところだった。


 開場まで時間があったので、アリーナすぐ横にあるスパゲッティー屋に入った。客席内は既に、ライブのツアーTシャツを着て、スポーツタオルを首に巻いたファンで一杯だ。
「ザイロバンドって言うんですよ。音楽と一緒に、腕に巻いたバンドも光るんです。それが何万人分も客席で……えーと、光るんですよ、何色もあって……。すごく綺麗で。まだ私もナマでは見たことないんですけど」
「へぇー、最近のライブって、すごいんだね。楽しみ」
 食事の前に運ばれてきたスープを口にしながら(申し訳程度に小さい豆腐が入っている)、私は今日が初対面になる女性と話していた。
 そう、兄が連れてきた「友達」は女性だった。研究室の同窓だという。名前は、佐藤さん。
 控えめな笑顔と、物腰の柔らかい口調で、とても興味津々に私の話に付き合ってくれていた。
「嬉しいな、あのバンドは私も中学校の時とかよく聴いていたよ。いろいろ思い出せるかな……」
 佐藤さんが向かいの席で話す姿を横目に、私はちらっと兄のほうを向いた。
 兄はゆったりと微笑んでいる。おいこら、暢気にしているな。何で肝心なことを私に説明していなかったんだ。
 私は、兄が友達だと言うから、すっかり男の人を連れてくるものだと思っていたのだ。……ていうか兄が、女友達とやらを私の前に連れてきた事って、あったっけ?


「ライブって、立ちっぱなしになるんじゃなくて?」
「違うの、席はちゃんとあるの、一人ひとりに。その代わりちょっと後ろのほうになるんだけど……」
 今から一ヶ月前。毎度争奪戦必須になる某バンドのライブチケットが、たまたま当選した。ただ、チケットを注文する時に入力を間違えたのか、2枚じゃなくて、3枚も当たってしまっていた。
 その1枚の違いで、ふと私は、普段の友達じゃなくて、久々に兄を誘おうという気持ちになったのだった。

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