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【読書】田野大輔『ファシズムの教室―なぜ集団は暴走するのか―』

前から気になっていた本。以前読んだ、杉原里美『掃除で心は磨けるのか』(筑摩書房、2019)に、「ファシズムの体験学習」として紹介されていました。中学校の歴史の授業でも扱う「ファシズム」についてどう生徒に体験させるのか、社会科教員としては興味深いところです。

目次
第1章 ヒトラーに従った家畜たち?
第2章 なぜ「体験学習」なのか?
第3章 ファシズムを体験する
第4章 受講生は何を学んだのか?
第5章 「体験学習」の舞台裏
第6章 ファシズムと現代

第1章はナチズムについて。私としてはこの章が一番面白かったです。専門的に学ばれている人にとっては当たり前かもしれませんが、「どのようにしてヒトラー政権は民衆の支持を得ていったのか」がわかりやすく書かれていました。特に印象的だったのが、「権威への服従が人びとを道徳的な拘束から解放し、無責任な行動に走らせる」というところ。権威に服従している人は上の命令者の意思の「道具的状態」になっている、とも書かれています。「道具」なのだから、自分の意思ではないのだから何をやってもいいんだという無責任な「自由」。この部分を読んで、心にぐさっと刺さりました。

教師と呼ばれている人は、第1章だけでも読んだ方がいいです。時代も、置かれている状況も違いますが、私は今の教育現場と重なりました。

管理職が、教育委員会が、文科省が・・・といって、考えることをやめてしまってはいないでしょうか。生徒と最前線で向き合う教師こそ「道具的状態」になってはいけないと思うのです。決められた枠組みの中でも何かできないか、その枠組みは本当に正しいのか、もっとよい方法があるとしたらどんな方法か、考えることをやめてはいけないのだという気持ちになりました。実際には様々な業務を抱えながら、もがき苦しみながら生徒と向き合っている教師がほとんどです。私もその一人です。でも、振り返って、立ち止まって、考えることは絶対にやめてはいけない。上が命令したから(これは私たちの意思じゃない、私たちは「道具」に過ぎないのだから)ということではなくて、おかしいと思うことには疑問を呈していくことが教育現場の風通しを良くしていくことにもなるのだと思います。

わかっています。「それができたら苦労はしない」ってことも。でも、私のような中堅どころがそれをやらなかったらダメだろうって気概をもっていたいのです。

すみません、だいぶ熱くなってしまいました。本の内容に戻ります。

第2章~第5章は、ファシズムの体験学習について。ドイツ映画『THE WAVE ウェイヴ』(2008)から、着想を得て計画・実施された授業です。体験は2コマ分なので、事前・事後学習に時間をかけて丁寧に考えられた体験授業でした。独裁=ファシズムを「指導者(中心人物)の存在」と「共同体の力(規律・団結)」にポイントを絞って、受講生に体験させています。具体的には

・拍手で指導者を承認
・ナチス式敬礼
・集団行動(足踏み、制服、ロゴマーク、カップルの糾弾等)

あれ、これってどこかで似たようなことしていませんか。やはり教師は第1章と言わず、すべて読んだ方がいいですね。

第6章はファシズムと現代について。具体的な事例をもとに、排外主義とポピュリズムについて触れています。著者の考えが一番表れている章だと思います。

読みやすく、ファシズムの入門編として良い本だと思います。しかし、この授業はもう実施されていないようです。そういう意味でも本として形に残したかったと書かれています。

では、この体験学習を中学校の歴史の授業でやるかと言われれば、私はやりません。理由はいくつかありますが、中学生がやるには前提となる知識が足りないこと、事前・事後の学習時間が確保できないことなどです。著者も書いているとおり、この授業の核は事前・事後にあります。著者はそれが丁寧にできているからこそ、教育的に意義のある授業になっているのだと思います。

体験学習はできないまでも、この本を読んでファシズムの本質に迫れたり、自分なりに考えられたりしたことは、中学校の授業にも活かせそうです。中学生にとってもヒトラーはすごく興味深い人物のようで、授業中の反応も大きいです。しかし、多くの中学生は「ヒトラーって怖い」というところに結論を求めてしまいがちなので、もっと広い視野でファシズムという歴史的現象を捉えさせていきたいです。個人的にはどのようにファシズムが研究されているのかもっと知りたくなったので、関連の書籍なども見つけてみたいと思います。