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御彼岸ですね 佛教賛歌ご存じですか?

「咲き匂う」
咲き匂う花のごとくに
み仏は えまいたたせり
あたたかきみてさしのべて
現世((うつしよ)の悩みをすくう
大慈悲のとわのかがやき
ああしたえ 尊きみ心

みすがたをおがみまつれば
おのずからなごむ心よ
偽りの人世にありて
誠なる光をもとめ
信仰に生きるよろこび
ああ歌え 深き恵

尊しや他力のみのり
みおしえをかたくいだけば
大いなる力となりて
わきいずる泉のごとく
新たなる命ゆたけし
ああ仰げ 清きみ光

岡 俊樹 詩  平井 康三郎 曲

「芬陀利華(ふんだりけ)」
一 よしあしの間(はざま)をまよい
  より処(ど)なきたゞびとすらや
  みほとけのちかいをきけば
二 おういなるみむねをうけて
  うつし世のにごりえにさく
  かぐわしき芬陀利華(しらはちす)かも
三 世のひとのうちに勝れて
  上もなき人とたゝえん
  みほとけはかくこそは言(の)れ

「BUKKYO SANKA」本願寺内 佛教賛歌刊行普及曾 昭和27年 
川上 清吉 詩  山田 耕筰 作曲

御経より、ずっと、信仰に近づけますね。
浄土真宗は、阿弥陀様が私たちを救ってくださる、分かりやすい(私の主観)教えです。
自力で精進して成仏を目指すのではなく、もう他力(たりき)で救われているんです。他力本願です。
たとえば自力である写経はしません。他の宗派が唱える般若心経も唱えません。


何の御縁か
不思議につながっている
自分で選んでいるようで
操られている感覚もある

歩いて20分、地下鉄一駅の所に「築地本願寺」があった
小学校のクラスメートが本願寺の事務局へ就職
誘われて、20歳の頃、本願寺合唱団へ入る
合唱団活動で、無宗教の私だったが歌を通して経典に親しむことが出来た
御経そのものをコーラスにした「重誓偈」「讃仏偈」等多くありました。「偈」はお経の中の「詩」の部分で長いお経の中で抜き出して唱えることができる部分です。歌って覚え、意味もわかると、法事や葬式でお経を聞いても分かる所があるのです

浄土真宗は多数ある宗派の中では、近代的で、賛美歌のような佛教賛歌を歌います。本願寺の法要の後半にステージ(本堂の段の上)で合唱曲を披露しました。

山田耕筰、中田喜直の作曲もありました。

山田耕筰は、信徒と聞いています
青焼き(湿式コピー)ですね
「そんなとき」の次ページ 「わたしはくちづさむ 帰命無量寿の お言葉を」と続きます

その後30歳台までコーラスを続けました。
楽譜は、4・50年経っても全部取ってあります。

詳しい経緯は分かりませんが「築地本願寺合唱団」は
もう少しお寺を離れて「楽友会」となり、佛教賛歌の枠を離れた楽曲も取り入れました。指導者は、芸術大学の声楽科に在籍し指揮も学んでいた酒井良一先生でした。佛教賛歌の枠では、彼の音楽性が発揮できなかったのかもしれません。

佛教賛歌にも、良い曲がたくさんありますが、酒井先生の指導の下

キリスト教の、マタイ受難曲やキリエ・エレイソン(ミサ曲)を歌えたことは素晴らしかったです。
日本歌曲や現代のコーラス曲も


※※ 付け足しですが ※※
ずっと後に実家が「浄土真宗西派」と分かる。本願寺は「お西さん」である
夫の家の宗派も「浄土真宗西派」と分かる。

偶然ってあるんですね。
両家の宗派を知る前に、本願寺にご縁があったんです。
法要に出るのが、お坊さんのお経が、苦ではないんです。


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