お昼はポンコツ珈琲
朝起きたときの調子が悪いからって、夜眠りにつくとき最高の気分なら、その日1日は最高の1日だってことだ。でも最高の気分だからって夜に長居し過ぎてはいけない。それは翌朝の気分を最悪にしてしまう。でもそんな風にうまく過ごすのは難しい。だから今日もあんまりいい目覚めじゃなかった。それに外は雨だ。雨ってだけで今日を生きる喜びが半減してしまう。いやそんなことはないだろう、雨の日には雨の日の喜びがあるはずだ、と思ってむくりと起き上がる。
休みの日に起きる理由は明白で、それはランチを食べる為だ。昨日の仕事中はずっと今日食べるランチのことばかり考えていた。仕事で何かミスをしたとすれば、それは今日のランチのせいである。僕は美味しいランチの為に生きていると言っても過言ではない。
僕の仕事はシフト制で月曜休みなことが多いが、困るのは月曜日はやっているお店が少ないことである。月曜日のランチ難民である。調べてみたら、仕事中行こうと考えていた幾つかのランチのお店は営業していなかった。困った、と言いつつたいして困っていなかった。ランチきちがいの僕は、月曜日にも営業しているランチのお店を幾つも知っていた。よし、今日は久しぶりのあのお店に行こう。ふと脳裏に浮かんだお店こそ、その時一番行くべきお店なのである。
オープンから5分後位の時間にお店の前に到着する。
このお店は雨の日がよく似合う。雨の月曜ということで真っ先に思い出したのがこのお店だった。
入ってすぐに店主の女性と目が合い、こんにちはと挨拶を交わす。向こうよりも先にこんにちはと言えるのは、人見知り極まりない僕にとって珍しいことだ。
このお店は初めて足を踏み入れた時から居心地の良い店だ、と感じた。自分に合う店かどうかは割りとすぐに分かる。音楽と、そして店主が醸し出す空気感。このお店はこぢんまりとしているけれどセンスのいい音楽と店主の醸し出すほんわかとした空気感が充満していて、とても居心地が良かった。
カウンターに座る。メニューを見る。どぶろくとカレーのお店なのでランチの主要なメニューはカレーである。あいがけカレーと珈琲セットで1800円。雲仙ハムカツのあいがけカレーと珈琲セットは2300円。トンテキセットは2300円。いい食材を使っているだけあって結構な値段のお店なのである。
入るまではそんなに珈琲気分ではなかったけれど、入った途端に珈琲が飲みたくなった。トンテキセットも気を引かれたけれど珈琲がついていないので、雲仙ハムカツのあいがけカレーセットを頼む。
高いだけあってサラダは新鮮だし雲仙ハムカツもカレーも美味しい。雲仙ハムカツ。雲仙のハムが美味しいだなんて、この店に来るまでは知らなかった。
カレーはスパイスカレーとベルガモットカレーのあいがけ。ベルガモットなんて珍しいけれど、このお店はベルガモット推しの店なことを、何回か通っているので知っていた。
次々にお客さんが入ってきて、3人がけ位のテーブル席を除いた席が全部埋まる。繁盛しているみたいで嬉しい。
昼からどぶろくやワインを合わせてつまみを飲んでいる女性客もいた。
昼からどぶろくやワインなんて贅沢である。
でも雨の月曜日に昼からお酒を飲みたい気分は分かる。雨が一番似合う曜日は月曜日ではないだろうか。休み明けの憂鬱を代弁しているかのようである。
ワインをたしなむ女性客を眺めながら雲仙ハムカツカレーを頬張る。何だか喉が渇いてしまうけれど、水を減らす度に店主の人が気づいて補充してくれる。
何も言わないでも水を注いでくれるお店はいいお店である。
カレーを完食すると、ベルガモット珈琲が運ばれてくる。
ベルガモット推しの店ではあるけれど、ベルガモット珈琲は飲んだことがなかった。
ひと口飲んで想像と違う味にびっくりする。
甘い! でも砂糖の甘さとは違って、柑橘系の甘さである。これがベルガモットか。
珈琲を飲みながら、ぼんやりと過ごす。身体の中に、何かが満たされていく。
ベルガモット珈琲を飲み終えたとき、僕はすっかりと満足していた。
朝の目覚めが悪かったことなんて、その時にはすっかりと忘れている。
お会計をすます。
外に出ようとすると、店主の女性が声をかけてくれる。
「今日はお休みですか?」
「休みです」
落ち着いた、静かなお店なので空気を壊したくない。僕は小声で答える。
すると店主の女性はにっこり笑って言う。
「いい休日を」
僕もにっこり笑って頭を下げ、店を後にする。
誰かがくれた心のこもった言葉は、その日1日を暗示する。
その言葉のおかげで、今日は本当にいい1日になった。僕も誰かにそんな言葉を贈れる人間になりたい。
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