柳川デート
結婚前、夫との初デートは柳川だった。
このゴールデンウィーク中、我が家ではなにもイベントがなく、あまりにも暇で、ふと柳川でのことを思い出した次第だ。
私たちは、電話のやり取りだけで結婚する羽目になったわけだが、やり取りの途中、さすがに一度会おうということになり、東京から夫の赴任先である佐賀の鳥栖まで会いに行った。
大学を卒業して以来だから、10年ぶりくらいか。
デートというより、お見合いのようなものだ。
飛行機だったか新幹線だったかも覚えていないが、夫が福岡まで迎えに来てくれて、車で鳥栖まで行った。
学生時代から太めではあったが、久しぶりに会った夫はさらに丸く大きくなっていて、少し引いた。
鳥栖のアパートに着いて、居間に通された。大きなテレビと小さな座卓があるだけで、ほかには何もなかった。
部屋は3つもあって広かったが、壁の煤け具合から、夫は居間に常住しているようだった。
今でこそ本数は減ったが、相当なヘビースモーカーであることが窺えた。
広いキッチンの床には、おびただしい数の焼酎の空き瓶が並んでいる。
しばらく黙って座っていたが、ずっと感じていた違和感に我慢できず、夫に聞いた。
「あの、お茶とかは……」
「あー。買ってくればよかったな」
おもてなしが無さすぎてびっくりした。
翌日、夫の車で出かけた。
「柳川はじーさんの故郷なんよ」
九州事情に疎かった私は、柳川が福岡県だということを、結構あとになって知った。鳥栖から出かけたものだから。
ちなみに鳥栖はおばあさんの故郷らしい。
柳川ではまず、古い民家のような落ち着いたお店で、鰻のせいろ蒸しを食べた。
学生の頃、私の留学先である上海へ夫が来た時は私がご馳走していたので、
「あの時のお返しということで」
と、そのせいろ蒸しを振る舞ってくれたのだ。
あ、上海へは私に会いに来たわけではない。
中国旅行のついでに寄った感じだ。
クラスもサークルも同じだったし、とりあえず私を頼ることは自然なことではあった。学生時代仲が悪かったとは言え。
果たして鰻のせいろ蒸しはとても美味しかった。ふわっとして食べやすく、ちょっと多いかな?と思ったけど、なんなく完食した。
「舟に乗れるんよ」
食事のあと、川下りへ。
柳川と呼ばれるだけあって、しだれ柳に囲まれた水路を、小さな舟に乗って下るのだ。
岡山の倉敷と少し雰囲気が似てるなぁなんて思った。
3月の下旬だったが、緑がきれいだった。
夫と私が舟に乗ると、船頭さんがすぐに舟を出した。
私たち2人しか乗っていない。
少し後ろから別の舟が近づいて来ており、そこにはお客さんがたくさん乗っていた。
「あらあら、あそこお二人さんで乗っとぉ!」
などと冷やかされた。
あ、うちらの船頭さん、カップルだと思って気を利かせてくれたんだ。と、その時初めて気がついた。
まあカップルには違いなかったけど、お見合いだし、ラブラブ感は皆無だったと思うのだが……。
舟からの景色はとても風情があった。
途中、撮影スポットがあり、沖から舟に乗ってる様子を撮影してくれるらしい。
「撮ってもらうか?」
夫にそう聞かれたけど、昨日、夫の太り具合に若干気持ちが引いてしまっていた私は
「いい、いい」
と、手をぶんぶん振って拒否した。
単純に恥ずかしかったのもある。
が、これをあとになってすごく後悔した。結婚する前のデートなんてこの時しかなかったのに。
唯一の記念だったのに。
おかげで披露宴の時に使うツーショット写真が無くてとても困った。
結局、上海でとりあえず撮った、どちらも笑っていない2人の写真が見つかり、それを使った。
舟下りのあと、『北原白秋記念館』へ行った。中に入ると『この道』の曲が流れていて、2人同じタイミングで
「いつか来た道〜」
と歌った。
ちょっとだけ笑いあった。
そんな柳川の思い出。
今も時々
「写真撮っておけばよかったよねー」
と話題になる。
「お前が要らん要らん言うけ……」
柳川のあの日から20数年。
夫は、カラダを使う仕事に変わってから、別人のように痩せている。
一方……
私が夫を追い越したら離婚ということになっているので(夫が勝手に決めた)、今、体重計には乗れないでいる。
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