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『ネクスト・ゴール・ウィンズ』お調子者たちの潜在能力を引き出すこと

久々に映画館でコメディ映画を観ました。
とても笑ったのだけども、何度も胸が熱くなり、いつのまにか落涙していました。
弱小チームに問題を抱えた監督がやってくる。何度も使い古されたフォーマットではありますが、このフォーマットは弱小チーム側にも、監督側にも多くの解決すべき問題があり、互いが様々な衝突や気付きによって救済しあう。言わばwinwinの状態になることに深い感動があります。

こうした映画の金字塔である『がんばれ!ベアーズ』が自分は大好きなんだと、こういった映画を見る度に『がんばれ!ベアーズ』のことを思い出します。へっぽこの男の子が、最後フライをキャッチした時に感じる感動。弱さというものが反転する瞬間があります。

笑えるけど、熱い。ベタだけど、それが一番映画らしい。自分の好きなフォーマットで展開される愛おしい作品でした。

あらすじはこれ。
2001年、ワールドカップ予選史上最悪の0-31の大敗を喫して以来、1ゴールも決められていない米領サモアチームに、次の予選が迫っていた。破天荒な性格でアメリカを追われた鬼コーチ、トーマス・ロンゲンが就任し、立て直しを図るが、果たして奇跡の1勝は挙げられるのか!?

実話ベースの映画であるが、とにかくこの映画全編に渡ってふざけまくってる。
監督本人が映画冒頭で謎の神父に扮してあえておふざけな感じを出して登場しているし、サモア領という緩く牧歌的な土地柄がそれを加速させる。

真面目なトーンというものが介入出来ないくらいに独特のコメディな雰囲気が滲んでいる。
微笑ましさのトーンが段違いにイイ。

暴走運転をする車を見かけ「カーチェイスだ!」と警察が息巻いても、最大時速35kmしか出せなかったり。そもそも55mくらいしか出していないから暴走ではない。
緊迫した雰囲気が出ても、常に出口はどこか脱力した感じになる。

事務所で説教をしていても「ここにはキーボードとマウスはあるけど、それを表示するモニターがねえ!」と嘆いたり。(でもそういうパソコンそのものを買い替えたほうがいい事務所ってあるよな)
日曜日は練習はしねえ、休みだ!となったり。
チームのダメさには全て理由があって、それは強いては土地柄のようなものと繋がっていく。

監督役のマイケル・ファスベンダーは2023年に私的ベスト10入りしていた『ザ・キラー』で偏執狂的な殺し屋を演じていましたが、一転してすぐにキレ散らかす自制が取れないサッカー監督という役柄です。その芝居の幅に本当に惚れ惚れするんですよね。え、あんなにかっこよかったファスベンダーがこんなにみっともない感じになっている。それがまたカッコいいんです。映画を観続ける喜びと変わります。

凄まじい伊達男っぷりだったザ・キラーの殺し屋役
みんなの魅力を引き出す監督役へ

本作は兼業をしている人たちが沢山出てくる。サッカーW杯を目指しているはずのサッカー選手たちのほとんどが兼業をしていることに私は胸を打った。

選手がウェイターだったり、運営側の人が自分でカメラを回していたり、その様子はもうほとんど私が所属をしているガンバレ☆プロレスそのものだった。つまり登場人物の多くは自分自身の鏡のようだった。

ここで言う兼業というのは当然"サッカーに割ける時間の少なさ"を示しているし、"弱いチームだから"ということの裏付けにも使われているように思える。"兼業をしているから弱い"という意識のレイヤーは当然ながらあるのだなと映画を観ながら感じた。しかしこれが強さに反転していくシーンがあった時に猛烈に感動するのだけども。つまりそれって強者には描けない物語があることの裏付けにもなる。

「魚をは生臭いけど、レモンを入れてマリネにすると美味しい。」
この映画ではマリネの話が常套句のように使われる。ちゃんと粗野で暴れ散らかしているトーマスがサモアの地で美味しさに感動する。
食べ物に感動して、それを日常に活かす。そうしたエピソードはとてもハートウォーミングで、温かい気持ちになる。

「レモンがこのチームには必要なんだ」と分かりやすい伏線回収がきちんと気持ちいい。
小さな感動とエピソードがサッカーに繋がっていくことがこの映画の面白さだ。

すったもんだありながら劇中、ついに大事な試合を迎えるのだが、前半のプレイは散々で相手チームにゴールを決められてしまう。
フォーメーションがなかったチームにしっかりと勝つためのフォーメーションを仕込み、しっかりと勝つためのフィジカルトレーニングをしてきたはずだった。しかし彼らは持ち味が活かせないと嘆く。そう「楽しくないのだ」

勝つことを意識するあまりに、楽しくサッカーをするという気持ちを彼ら自身が奪っていたのだ。
それに気付き、彼らは楽しもう!と後半に挑んでいく・・というお話。

私が感動したのはここで言う「楽しむ」が本作の映画のふざけた作りや演出に徹頭徹尾感じたことだ。
つまり映画そのものが楽しんで作られている。それを冒頭とラストシーンで映画監督自身が登場し、示すのである。
当然ながらそんな演出はコメディ映画でなければ難しいのは承知の上で、私はこの明るさや姿勢が、とても私の特性に近いような感じがしてしまい、これは俺の話だ!とわんわん泣いておりました。

私は人生でよく「調子に乗るな!」と怒られてきましたし、自分でも「調子に乗りすぎないようにする」ことは課してはいますが、それでも調子に乗れないと持ち味が発揮できない。楽しく取り組めないとまあ38年生きてきてなんとなく分かってきました。
もちろんそうした空気感だけではないのは確かですが、これからも私は自分の持ち味を活かしていきたいですし、調子に乗りすぎないように調子に乗っていきたいと思った次第です。

この映画はしっかりとみんなが調子に乗っていき、キャストも演出も調子に乗ろうとしているのがわかるのです。
それがサモアの土地柄と人柄に結びつき、堅苦しさから逸脱したある種の理想郷となっておりました。
90分弱。観やすい!今年の新作では今のところベストで好きです。

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