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飛び込み営業の経験談

学生のころは営業だけはしたくないと思っていた。
そもそも人と話すことも苦手だった。
人とのコミュニケーションにも自信はなかった。
それなのにサラリーマンを卒業して振り返れば、ほとんどの人生を営業職で生きてきた。


営業職で生きることになった最初のインセンティブ

世間知らずの田舎者が意に反し営業の世界に飛び込むことになった。
早くこの世界から抜け出したい。
もう我慢も限界だと思いながら、結局ほとんどの人生を営業職で過ごした私の経験談だ。

地獄の飛び込み営業研修

最初の営業研修で行われる飛び込み営業はまるで罰ゲームだと思っていた。
4月に入社して机上研修などが終った6月ごろからそれは始まった。

一軒一軒玄関のチャイムを鳴らして訪問し、契約に結び付く話をするのが飛び込み営業だ。
それでもまだひとりで訪問するのならまだましな方だ。

営業コンサルなど二人で住宅地を回る時は、「もう今日で辞めてやる」と何度も思ったものだ。
私の後ろに貼りついてお客様の対応や話し方をチェックされるのだ。

ちょっと休憩しようとすることさえ許されなかった。
こんなことをやられては営業職など誰もやろうとは思わないだろう。

中にはこのような営業コーチと喧嘩をして、そのまま辞めてしまった者さえいたほどだ。

その営業コーチも誰が見ても人のよさそうな優しそうな顔をした人ならまだましだ。
しかしその多くは百戦錬磨を潜り抜けたような面構えで、私の印象ではどこからどう見てもうさん臭さしか感じないような人たちだった。

「そのようなコーチを後ろに置いて初対面のお客様と話をしなければならない者の身になってくれ」と会社の上層部に言ってやりたかった。
このような会社のお偉方に限って、このような経験をしたことがないはずだとも思った。

もし自分が経験していたら新入社員にこんな仕打ちはさせないだろうとまで思っていた。
自分でもこの時よく辞めずに辛抱したことだと誉めてやりたいほどだ。

訪販営業の地獄

営業職と言えど多種あるので一概に一括りにはできないが、就職するまでに考えていたことは間違いではなかったと確信できた。

前にも書いたが営業職を望んで入った会社ではなかった。
技術職の求人に応募した就職だったはずが営業職の辞令を下されただけだ。

その辞令後も飛び込み訪問は続いた。

飛び込み営業が怖いのは誰が出てくるか分からないことだ。
家におられるのが優しい顔をされた奥様ばかりとは限らない。

飛び込み営業をしていたある日のことだ。

団地を一軒一軒チャイムを鳴らして飛び込み営業をしていた。
チャイムを鳴らしても出てこられない家はこちらもホッとした。

それが例え居留守であったとしてもインターホン越しに怒鳴られるよりましだからだ。
そんな風に思って回っているのだから営業失格だろう。

その日は暑かったので玄関を開けっ放しにしている家があった。
そんな家はインターホンを鳴らす手間が省けると思った。

小さめの声で「こんにちは」と言うと中から大きな声で返事が聞こえた。
「誰や」
図太い声質から察するとお会いしたくない部類の人に違いなかった。

「まあ上がれや」と言われたが、「すみません家を間違ったようです」と答えた。
「それはないやろ、話を聞くからちょっと上がってや」と言われしぶしぶ上がることになってしまった。

そこには上半身裸のどう見ても私には縁遠い人が座っていた。
「今若いもんにビールを買いに行かせてるから兄ちゃんも飲んでいきや」と言われたが、「仕事中なもので申し訳ありません」と言うのがやっとだった。

少し話をしたが心底悪い人には思えなかった。
だが契約が取れる人でないのも明らかだ。

営業を教えてくれた先輩

こんな私でも契約して頂けるようになっていった。
辛抱の賜物だ。

日本では知らない人がいない名のメーカー商品の物販営業で、その商品の事前積立を契約する営業だった。

その日は午前中に一件契約が取れた。
昼食のため住宅街から出て食堂に入ると、同じ会社の先輩に偶然出合った。

偶然と言っても同じ仕事をしているのだからあり得る話だ。

「どうや、契約は取れたか」と聞かれたから「はい何とか1本取れました」答えると、「じゃあ昼からも頑張ってもう1本取ってこい」と言われた。

営業の鏡のような人だと思った。

「もし契約が取れたら契約日は記入せずに空けて頂くように」と言う先輩に理由を聞くと、「1日に1本の契約が取れれば目標は達成したのだから次の日の契約として置いておけ」と言うことだった。

その日は午後からもう1本契約が取れ、先輩の教え通り契約日は入れずに朝取れた契約書だけを会社に提出した。
課長は拍手をしてその日の目標達成を称えてくれた。

翌日の朝会社を出て歩いていると昨日の先輩から呼び止められた。

「昨日はどうやった。昼から契約は取れたか」と聞くので「おかげさまで」と答えると、「じゃあ付いてこい」と言って足早に歩き始めた。
先輩は駅に向かいコインロッカーに営業鞄を放り込んだ。

「これから何をするんですか」と聞くと、「それを今から打ち合わせするんだ」と言って駅前の喫茶店に入っていった。

「仕事はしないんですか」と言うと、先輩は「当たり前田のクラッカーやろ」と当時流行っていたギャグを言った。

その後ボーリングをしたり映画を見たりしながら楽しい一日を過ごした。

夕方疲れた顔をして会社に帰り前日に取れた契約書に日付を入れ提出すると、課長はいつものように拍手をしてその苦労を称えてくれた。
私は平然を装い作り笑いをしてその場を凌いだ。

その時の罪悪感を先輩に話したら「まだ青いな」と言いながら私を諭してくれた。
「どれだけ真面目に仕事をしようと契約が取れなければ営業は失格だ」「逆にどれだけ不真面目であろうが契約を取る者の方が優秀だと判断されるんだ」と言う先輩が大きく見えた。

真面目な奴が続かない理由も分かるだろうと、妙に納得の行く説明に私は頷いた。

そんな先輩といる時間が楽しかった。
その後私は勤務時間中に遊びに行くために飛び込み営業を頑張った。

この先輩がいなければ辛い営業職が続かなかったのは明らかだ。

この経験は私が人生を営業職で生きるために必要なインセンティブだったに違いない。

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