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続・ほんとうに怖くない猫の話 「白猫のドッペルゲンガー」


不吉の象徴と云えば黒猫だろう。
一方で、黒猫の反対で白猫が福を招くとは限らないようだ。或いは、白猫は幸せになりにくい猫と言えるかもしれない。

「うちの家、白猫に取り憑かれているんじゃないかと思うんです」

昨日は金曜日だった。何でも屋は、「増えて行く白猫が怖い」という相談を受けた。働いている結婚相談所『ハッピー➕(プラス)』もとい"猫と人間の幸せ相談所"(最近所長がこのうたい文句を思いついた)に持ち込まれた相談だ。何でも屋は"本業"で何でも屋の仕事をしており、主に猫探しや猫についての相談を請け負っている。
初めて依頼されたのが猫の見合いの相談で、それがまさか人間の見合いの仕事につくとは思いもよらなかった。最近は本業の依頼が減り、たまにあるのも猫についての依頼ばかり。それならいっそ"猫についての困り事相談"を『ハッピー➕』で請け負えば良いじゃないかと所長に提案された。
相談所職員になって3年目。"猫の相談課"、略して『猫課』に配属され(部下はかつての依頼人一人)、事務所なしネット依頼のみの何でも屋から晴れて部屋持ちの課長に昇進した。
しかし、あくまで"何でも屋"の肩書きにこだわる何でも屋にとってますます自分が目指していたものから遠ざかり、胸中は複雑だ。

「猫が家にやってくるのをどうやって防げばよいんでしょうか。防げば、居場所がない猫は死んじゃうんでしょうか。話、聞いてくれてますか?」

「はあ」

何でも屋は生返事のふりで、答えに窮していた。猫が家の周りに増えるからどうしてほしいというのか。相談の内容が見えなかった。手芸作家であるらしい依頼人の手提げバッグには猫と花の刺繍があり、精緻な模様に目が奪われる。相談所に来る人はみな猫好きだ。
猫好きな人に猫を追い払うことができるのか。そのために何でも屋に頼む必要はないだろう。猫を追い払うのなら、自分で追い払ってもらいたい。

「保護したいというご相談ですか。どのくらい通ってくる猫がいるんですか?」


「うちには既に二匹の猫がいるんです。通ってくるのか、住み着いているのか。親猫二匹に子猫三匹。その他にも今年見かけたのが10くらい見かけたでしょうか。飼うなんて、全然。選べないですし。保護猫活動って難しいんでしょう」

手芸作家に困ったように俯かれ、何でも屋も困ってしまった。

「うちの知り合いの犬猫の保護施設をされているところをご紹介することはできますね。ただし相談ぐらいになると思います。
そうですね。ご自分で保護活動されたいというのであれば。まずは、もしかして飼い主がいないか確認してみましょうか?
増えているといっても、避妊手術済みの猫たちもいるかもしれませんし、地域猫なのか実は飼い猫なのか、行ってみて確認することはできますよ。ただ、うちの場合は料金をいただくことになります」

いきなり10は多い。何でも屋も依頼されて猫を保護しに行く事はある。そのたびに、以前に依頼された依頼人の伝で同じ保護施設に持ち込むので、その保護施設のケージはいつも満床だ。東京は場所代が高い。知り合いの保護施設は川口にあるが、それだって土地を持っているわけではなくて、施設をやるために建物ごと借りているのだ。屋根のある場所は全てお金がかかる。猫が家賃を払ってくれるわけではない。

何でも屋が解決できるかわからないと念押しした上で、1回出張するための金額を言うと思ったより安かったらしく、「それくらいなら、一度見に来てください」とお願いされてしまった。
保護施設に相談に行って絶対に保護するように説得されたら、それはまだ躊躇するかもしれないということだった。

東京の赤坂の通りにも街路樹はあるが、常緑樹が多いのか春らしさはあまり感じられない。テレビ局の前のイベント広場には、昨年から常設のイベントがあって、演劇やグッズ、販売など、そのための宣伝の看板が多少季節の装いをさせられていた。

翌日、何でも屋は念のために猫が増えて悩んでいるという相談者のところに捕獲器を持っていくことにした。その場合、1人では手に余るので、相談所の同僚でかつての依頼人に一緒についてきてもらうことにした。
するとなぜか、たまたま遊びに来た知り合いの医療技官と元相撲取りで元秘書で、現在は議員の男がついてくると言い出した。人手があったほうがいいだろうと言われたら、断る理由もなかった。

手芸作家の家は千葉にあった。実家暮らしの農家だそうだが、手芸作家や農家でもなく、実は園芸市ではないのかと思われるほど、自宅の庭は美しく手入れされ、名前も知らぬ花が咲き誇りほこり、花よりも強いハーブの良い香りに車を降りた途端に歓迎された。

「ほら、猫が来ているでしょう」

とりあえず状況を見せるために、餌で猫を尾引寄せたいと手芸作家に言われ、何でも屋たちは花の影に隠れてほとんど午後3時に現れるという猫たちを待った。
果たして、猫たちはやってきた。
最初に来たのは、大きな短毛の白猫でこの縄張りのボスであるようだった。それが父猫なのか、子猫たちが一緒にご飯を食べに来て、さらにまた白い長毛の猫が現れても、4匹の猫たちを追い払いはしなかった。

しかし、首輪をつけた猫が現れた時は違った。ほとんど真っ白の少し斑の入った頭てっぺんの黒色がポイントカラーのふっくらした大柄の猫だった。まずは、白い母猫がうなり声を上げ、子猫たちも鳴き始め、脇からご飯を食べようとしたその途端にボス猫が上から飛びかかった。

首輪をした猫は、一瞬の乱闘を経てとっとと逃げていった。
しかしながら、ボス猫は逃げない。子猫と母猫がご飯を食べ終わり、待ちくたびれた人間たちが姿を現しても、じっと動かないまま、ボス猫は人間たちを見ただけだった。そのうちにもっと近い触れそうな位の場所に移動してきて、石畳の上でゴロンとひなたぼっこをし始めた。

「ふてぶてしいのか、甘えん坊なのかよくわからない猫なんですよ。触っても大丈夫なのかも分からないし。家の中に入りたがっているですが、うちの猫たちも歓迎しないので、窓越しに喧嘩するんです」

もうすぐ桜が咲く猫恋の季節である。いまはさくら猫季節でもあった。

「とりあえず、あの猫がキャリーに入るようであれば、避妊手術しますよ。僕避妊手術できるんで。本当は人間の医者なんですけどね。成り行きで海外で動物のお医者さんにもなっちゃったんですよね」

そう申し出たのは、医療技官ある。
成り行きと言うより、子供の頃は人間の医者より獣医になりたかった。ただ、代々医者の家系でそのことが親に言えなかったのである。海外を飛び回っていて日本にいることが少ないから、結婚相談所の会員になっている意味もない。しばらく顔を見せずに退会かなと思っていたら、何でも屋の家にふらりと遊びにやってきた。しばらくぶりだと思ったら、とうとう海外で獣医になってきたのかと思えば、長年の希望を叶えた姿がまぶしかった。
また、友人の議員が相撲取りの部屋住み時代に野良猫を捕獲した経験を生かして、猫が取れそうな場所に捕獲器を2つ設置した。

だが、二人とも経験は足りなかったらしい。
なかなかボス猫をキャリーに追い込むことに成功せず、結局、2つ設置した捕獲器には猫の家族は入らず、代わりに違う白猫が2匹入った。2匹ともオスだったので、避妊手術の有無はすぐにわかった。

「とりあえず、首輪もしてないし、この2匹は連れて行きますか。痩せているみたいだし、多少ご飯と治療が必要でしょう」

避妊手術の話は一旦保留で、捕獲器に入った2匹は皮膚病の症状があるようだった。

「青い目ですね。こっちは耳がちょっと悪いのかなあ。それにしても、この辺は白猫ばっかりなんですね」

「白猫ばっかり10匹以上見かけるらしくてちょっとき奇妙だなっていう相談だったんだよ」

技官たちには、猫の相談者のところに行って、もしかしたら猫を捕獲するかもしれないという簡単な説明しかしていなかった。

「うーん。同じ系統の家族なのかなぁ。ちょっと奇妙ではあるなぁ。分身の術か、ドッペルゲンガーでもあるまいし」

技官が猫を黒いバンの車のトランクに捕獲器ごと積み込んで渋い顔をした。

「もしかして白猫の蒐集家か繁殖家でもいるのかな?」

さらに、苦い顔をして、そんなふうに付け加えるともう1匹の猫の捕獲器を車に積み込んでいた議員がはっとした顔して「ちょっと俺、近所に飼い主がいないか聞いてきてみるよ。すぐにわかるかもしれない」と他の3人の返事も待たずに、駆け出していってしまった。

白猫のドッペルゲンガー。春の陽気に誘われて、猫が分身しているのか。そうではないだろう。繁殖しているのだ。
恐らく見かけた子猫たちは真っ白な冬生まれだ。寒い冬を賢い白猫の母親が生き抜いて、子供たちを守ったのだ。

「今日はありがとうございました。何のお礼もできませんし、言える立場では無いですけど、猫ちゃんたちよろしくお願いします」

友人の議員が、飼い主らしき人間がわかったかもしれないと呼びに来たので、そこで手芸作家の家で話すのは得策ではないと、何でも屋たちはその手芸作家とは別れてその飼い主に会いに行くことにした。
手芸作家は、もしかしたら全部猫たちを保護できるかもしれないと技官が話したところ、感謝を述べて、多めに報酬を渡そうとしてくれたが「僕は公務員ですから、そういうのはもらえないんですよ」と技官が断ってので、成り行きで報酬がなしになってしまった。結婚相談所の会員になってくれるというから全く利益のない話ではないが、技官が勝手に決めてしまった猫の捕獲に付き合わされる事はわかっていたので、内心では労働の対価に見合わないなとがっかりしていた。やはり、働きには、なにがしかのものがほしい。

「首輪をしている猫もいて、汚れているけど、血筋の良さそうな猫ちゃん達だから多分飼い猫じゃないかと思っていたんですよ。外にいると目立つでしょう。多分あそこのおうちでごはんをあげているんじゃないかしら」

議員が隣の家に猫のことを聞きに行くと、すぐに早いと教えてもらえたらしい。果たして、手芸作家の家の近隣に、猫たちの本宅があった。

近所では、白猫以外も見かけたが、白猫たちは特に汚れて痩せていた。美しいがゆえに飼い猫ではないかと遠巻きにされている孤独な家族。汚れが目立つ毛色だから、哀れさを誘う。見ないふりするのも心が痛むが、近隣は農家ばかりで、ほとんどの家が猫を飼っていて、これ以上の猫を拾って飼うことを躊躇する状況だったようだ。

議員は、猫の飼い主に名刺を渡したようだ。それが相手の心理に何らかの作用を起こしたのか。飼い主がいるかどうか確かめたかっただけだったのに、そこの住人が思いがけない白状をした。

「俺は金がないから猫を増やして売るくらいしか生計を立てる手段がなかったんだ」

「あなたにないのは、金じゃなくて常識です。猫を売ってもゲームの課金と競馬に消えるんじゃ、何をやっても金はなくなるだろう。だからといって金と一緒に命を消費してどうするんですか」

男は切々と自分の窮状を議員に訴えた。飼い主の暮らしぶりが詳細に話され、話が長かったので、内容もさることながら、玄関先で中腰で聞いている何でも屋たちも辛かった。

何でも屋は掛ける言葉に窮したが、議員はさすがに手厳しかった。その説教が効いたのか、こちらが何も言わないのに、猫たちを世話してやる十分な金もないので、猫をどうか引き取ってほしいと男が涙ながらに訴えてきた。何でも屋は「いいですよ」と無責任な事は言えなかった。
しかしながら、またもや議員が、「もちろん、聞き取りをしましょう」と勝手に引き受けてしまった。しかし、猫がいなくなっても、借金苦のその男性の生活が改善されるわけではない。また、後日「話を聞きに行きます」と議員が約束して、その場を後にすることになった。

「知り合いの保護施設のところはもう猫でいっぱいですよ。話によると、あまり体の丈夫でない白猫たちが20匹余りいるんでしょう。それをどうするんですか?」

「いや、実は最近、知り合った人が、千葉のこっちのほうに住んでいて、保護猫活動を始めているんですよ。昔からこの辺に続くおうちで、広い庭があって、そこに猫たちのための建物を建ててるんですね。最近話題になった女大関さんですよ。ご存知ですか?」

「あのひとですか?元オリンピック選手の。私も俄然相撲に興味が出て、春場所見てますよ。女性も相撲取りになれたら素敵だなって見ながら、つい考えちゃうんですよねー」

依頼人がはしゃいだ声を上げた。同性だから、つい感情移入してしまうのか、女大関のことを思い出すと、それだけで涙が浮かんでくるようだ。今日本には、そんな女性がたくさんいる。知っている何も、興行中の珍事は、1ヵ月たっても、興奮冷めやらず、いまだに日本中の話題の中心である。

「あの方の功績は大きかったですね。おかげで毎日満員御礼みたいですよ。僕は大関になって、すぐ相撲から他のことに興味が移ってしまったんで、あんな一途な人ってあまり共感できないんですが、尊敬します。現役時代の僕のファンだって言うんで、頼まれて会いに行ってサイン書いたんですが、僕の方がサインもらいたかったですよ。断られちゃいましたけどね。謙虚な人でした」

議員は、子供の頃割と興味の範囲が広くて何でもできた。一番興味を持った相撲がやりたかったから、力士になった男は横綱にならずに終わった。それは、自分の力に限界を感じたからでなく、角界の水が合わなかったからだった。何をおいても、勝つことにこだわるということができなかった。議員秘書になり、議員になりたくなってそれが叶っても大臣になりたいとかはまだ考えられないようだ。

世間は今女性の大関が誕生した快挙にわいていた。
女性が優勝したのはもちろん初の快挙だ。
先月の相撲の興行で、過去に歴代最多優勝を記録した元大横綱の親方主催の勝ち上がりリーグ戦で、女性が優勝した。元オリンピックのハンマー投げの選手で、現役時代にはハンマー投げの成績より相撲好きのオリンピック選手として世間の衆目を集めた人生だった。メダルにはあと1歩届かなかった。

相撲大会では、一般参加者だけでなく、力士たちも参加した。そこで、女性が現役の大関を打ち破ったのだ。突きや張り手は禁止。必ず回しを取り、一般参加者は、プロテクターをつける条件付きだった。
しかし、元オリンピック選手と大関の白熱した取り組みでは、元オリンピック選手の頭のガードは吹き飛んでしまった。それでいちど仕切り直しになりかけたが、それを刺した元オリンピック選手が鬼の形相で行司を睨み据え、かと思えば、次の瞬間低い位置から相手の回しに飛びかかり、見事な投げを打ったのだった。土俵下に落ちた大関は呆然としており、興行中にとるべき愛嬌も忘れ、すぐには立ち上がることもなかった。

その映像がネットで拡散され、世間は大いにわいた。最も注目されたのが、大会最後の彼女のインタビューである。

「手加減あり、ハンデありの取り組みでした。大関は油断してましたが、私は全力でした。私のすべてを出し切りました。私は相撲が大好きなんです。相撲にかまけてオリンピック選手として自覚が足りないと現役時代世間に散々叩かれていたことは知っています。当時、SNSはあまりしていませんでしたけれども、そういうのは耳に入ってくるものです。しかし、私にとってハンマーより前から相撲が生活の一部だったのです。こんな機会をいただいて、感謝の念に堪えません。勝ったとか負けたとかより、私が真剣に試合できたという事が、オリンピックの現役時代と同じくらいの集中をできたということが嬉しくてなりません。私より相撲に詳しい人も、何より私は相撲取りじゃないけれども、やっぱり私って本当に相撲が好きなんだって自分で感動しています」

決着は、一瞬のことだったが、その壮絶さを物語るように、取組中にぶつけたらしく目の上が切れて止血されていた。大関との取り組みだけでなく、勝ち上がるまでの試合で全力を尽くした、彼女の肌はあちこち赤くなり、テーピングの下から青痣が覗いていた。

彼女は、現役時代から肌の美しさを褒められていた。しかし、白い肌はいつも赤く腫れ上がり痛々しかった。肌が弱くかぶれやすいようだ。寒さに弱く、蕁麻疹が出やすく、蚯蚓腫れにもなりやすいのだと言っていた。

「相撲の歴史の研究者になりたかったんですけど、私勉強がそこまでできなくて。運動もあんまりセンスは無いですが、やりたかったことができないからって学生生活を無駄にしたくないから、今勧められたハンマー投げを精一杯やり切ります」

彼女がオリンピック代表に決まった時のインタビューの内容を覚えている。170センチ以上の女性にしては恵まれた体格。ハンマー投げの選手の時代は、せっかくポテンシャルがあるのに、それを生かす努力が足りてないと週刊誌に書かれたことも多かった。それが、ハンマー投げに興味がない一般人の目にもネット記事として目に入ってくるくらい注目の選手だったのだから、努力していなかったはずもないのだ。
立派な体格と称された彼女も、大関の前では小さく見えた。ポテンシャルでなく、彼女は情熱で勝ったのだ。
そんな情熱を誰もが持ってみたいと憧れている。

「彼女がね。大学で選手として、構内を毎日ランニングしていた時に、野良猫をよく見かけたんだそうですよ。その時は、保護しようなんて思いもよらなかったそうですが、現役引退して、実家に戻って、やっぱり、野良猫をよく見かけるようになって、なんとなく気にかかっていたそうなんですね。保護猫活動しようとして、家の改装をして、相撲大会の賞金の100万円もその費用に充てるんだそうですよ。目標を見つけるのが上手なんですね」

「その辺議員と似てますね」

「いえいえ、僕なんてさまよっているだけですよ。相撲界に拾ってもらって、政界に拾ってもらって。拾われてきた側なんです」

よほど女大関に感銘を受けているのか、猫たちを連れてドライブする間、議員はずっと大関の話ばかりしていた。何でも屋の感想には、自分は到底彼女ほどの人間ではないと恐縮したようだ。議員こそ謙虚だ。
女大関の呼び名は、大会を主催した元大横綱が彼女の奮闘をたたえて、彼女にぜひ名乗ってもらいたいと言ったことに由来している。横綱と言わなかったのは、彼女がインタビューで「今怪我をして休業しておられる横綱ともぜひ取り組みをしてみたかった」と、言ったからだろう。大関を倒しても横綱と名乗るにはそれなりに足るが、2度以上の優勝が横綱になる条件にもなりがちだ。

しかし、彼女はインタビューで「これ以上ない取り組みができて満足」とも言っていた。
次はないのかもしれない。

彼女は、オリンピックの前評判で、メダル候補のダークホースと呼ばれていた。指導者の言うことに素直に従わないと言われていて、それが成績にムラがあることの要因だと決めつけで報道されることが多かった。
試合スタイルはアグレッシブ。まるで自立心旺盛な懐かない猫のようだった。

一方で、白猫は障害を持って生まれやすい。それが時に人気の理由ともなる。

イロモノ扱いの女関取。彼女に猫の保護活動は確かに向いているかもしれない。少なくとも白長毛の大型で繊細な猫たちは彼女のイメージに合う。

野良でいればふさふさした長毛の白毛の猫も肌が汚れて荒れ、尻尾が千切れ、短毛の猫より痛々しさが増すものだ。世間の風はずっと冷たくて、選手時代、彼女の柔肌を斬りつけて腫れ上がらせていた。いつもその肌を見せるのを恥ずかしそうにして腕をさすっており、あの相撲大会のインタビューの時のように、何も気にせず、晴れ晴れとした様子を見せた事はなかった。

技官の家に猫たちを送り届けて、何でも屋は依頼人の家に寄った。他に2匹の猫を彼女に預けていたのだ。依頼人の家で彼女が作った手作りオムライスを食べた。オムライスの上にケチャップで描かれた丸が白星に見えた。

オムライスを食べながら、世界を愁う。
それは狩りをしながら子猫を心配する母猫と同じ心境だろうか。
いや、全く違う。
漠然と世界について嘆く事と、目の前の子供たちの命を救おうとする母猫とでは責任感が全く違っている。お気楽な者は結局お気楽なのだ。

オムライスを食べながら春場所をテレビ見つつ、何でも屋の頭の中には車の中で聞いた女大関の話と今日出会った白猫たちの姿とか何度もよぎった。

果たして、彼女は猫たちとマッチングするだろうか。それほど深刻な病を抱えた猫がいるようには見えなかったが、相撲部屋の女将さんになるのでもあるまいし、いっぺんに何匹もの猫を引き受けるなんて。
彼女にならできそうだ。いや、そんな簡単なことじゃない。まだどうなるかわからないのに、期待と不安がないまぜで。

「猫たちを連れて行くときに、私も一緒にお願いします。私も女大関さんに会ってみたいので」

ご飯を食べて、猫たちにもご飯を食べさせて、猫達と遊んで、明日の日曜も休みなので、好意に甘えて、いつものごとく泊まらせてもらおうと客間に向かおうとしたところ、依頼人に、そんな風に声をかけられた。意外だった。流行りや今人気のものには目もくれないような人だと思っていたからだ。しかし、相当に世情に疎い何でも屋すら女大関には興味がある。
依頼人のお言葉を聞いて、もしかしてこれは憧れの人に会う前のファンの心理なのかもしれないと、何でも屋は自分の気持ちにようやく気がついた。
依頼人の庭の立派な桜の木はもう5分咲きだ。春は人を浮つかせる時期である。

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