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「猫様のクチバシ」第十一回 庭に魔女がいない

私は魔女ではありません。
それはとても寂しいことです。

素敵な自分の庭を作ることが出来ません。庭を見て、想像膨らませる事ができないのですね。庭の木道がどこにつながっているんだろうとか、猫は小道を抜けて、どこに行ってしまうんだろうとか、庭に小人が住んでいるんじゃないだろうかとか、いつか見た宮崎駿さんのジブリ映画シリーズのようなことを想像したことがないのです。

戦争の記憶はそれぞれ違う

私はまだ30代です。もちろん戦争時代の記憶はない。けれども、祖父母の戦争時代の頃の話は、親から聞いて知っていて、その印象と角野さんが語る戦争時代の話がだいぶ違うな思いました。

苦労話をしたくない方なのかなとも思いました。戦中、戦後の東京と地方とでは、だいぶ暮らしぶりも違ったでしょう。同じ時代を生きたといっても、それぞれ人の生き方が違っているのです。もちろん感じ方も。祖父母の話は、もっと生々しく身近に感じられました。しかし、角野さんのお話は、どこか別の世界のお話のように感じました。そういう時代背景はあったけれども、少女時代と若い頃を空想と現実と行き来しながらふんわり生き抜かれたのかもしれません。それは決して苦労がなかったとかいうことではなくて、生き方が軽やかだったということなのです。

多分、戦争時代ではなくたって、今この瞬間も人生の中で諦めたことや叶わなかったことを多くの人が抱えているのです。でも、子供の時代は、多くの事が叶わないからこそ、何も諦めることができないでしょう。
その子供たちの気持ちに寄り添って「魔女の宅急便」が生まれたのだと思いました

器に入っている思い出

角野さんは、北欧の器といえば美しいガラスの器を思い浮かベルそうです。子供時代にも、お父さんが大切にしていた器の記憶があって、器の中に思い出を入れられています。

私の中で器は思い出というより、重たいものです。祖父母の代から置いてある器は、なかなか捨てられなくて、新しいものを買っても置き場所がありません。食事をする時も食器はたくさんあるのに料理と器が合わなくて、いつもガッカリしています。

マクラメ編みでテーブルクロスを編もうかと思いながらずっと手をつけられていません。
もちろん自分の親が特別大切にしているものなどなく、祖父母が遺したものを捨てられないだけ。食器も着物も掛け軸も。
せめてゴミに出さずにネットフリマで売ろうとしても、売れたのは何点かだけで、ものを減らす事にはなりませんでした。

ミニマリストの本を読んでもわかったのは「私には無理だ」ということだけです。

この器はあの町で買ったもの。
この器でこんな美味しいものを食べた。
そんな思い出がほしいような、私には無理であると諦めてしまっているような。
ちょっとだけうちではお高いと思われる器はガラス扉に飾ったままで、それも磨いていません。

角野さんなら磨いているでしょうか。
一つ一つのエピソードが短くてふんわりして、あまり生活感がなく、それがいいなとも思いました。幻想の中と行ったりきたりしているような。
私はこうして自分の現実に置き換えて身も蓋もない話に落とし込んでしまいます。

他人の物語が自分の物語を呼び起こす

常人が経験しないような驚く話ばかり書かれているのに、私はつい自分に置き換えてしまいます。私は学生時代の事は何も覚えていなくて、先生たちとの特別な思い出もなく、友達の名前すら忘れてしまっています。
何せ就職活動するのに自分が所属する学科すら、履歴書を前に思い出せなかったのですから、無意味な学生生活でした。

ましてや道端の通りすがりの人の名前なんて知ろうともしませんでした。
私は道を覚えられないのに、歩けばすぐに道を聞かれる人でした。それが20代の思い出のほとんどと言っても過言ではありません。
その時に積極的に対応していたら、私も見知らぬ土地で見知らぬ人と共同生活なんて出来たのでしょうか。
しかし、私はトイレの場所を聞かれて、つい男性に女性トイレの場所を教えるような人間でしたから、慌てて訂正しに行ったくらいの情けない思い出しかないのです。

なぜか私に訊ねてくる人は大抵年上で、ナンパと間違えるようなこともありませんでした。

魔女の宅急便を映画館で観た年齢ではありません。テレビの再放送で見て育ち、同級生から原作を勧められたけれど、読んだのは大人になってから。あの時、読んで感想を言い合ったり、同人誌活動の仲間に入れてもらっていたら、私の思い出はもっと彩り豊かであったでしょうか。
しかし、私は誰かのために何かしてあげられる人間ではないので、やっぱり出版社などに就職することはどう頑張っても出来なかったと思います。
まず、コミュニケーションが取れないから編集してにはなれません。

苦手なものは誰にもあることでしょう。
その苦手なものを俯瞰してキキのようにホウキでビューンと飛び越えていそうなのが、角野さんだなとこのエッセイを読んで思いました。



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