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『ZEROISM』16

【殺人サプリメント】
カバーイラスト 藤沢奈緒

東部聖王医大、カフェルーム。

外川数史と藤原秀一が座っているテラス席に、恰幅のいい医師が座り、目の前の藤原に、
「藤原先生、久しぶりですねえ」
と言い笑った後、外川をちらりと見た。雨が降りそうな天気だったが、患者たちは風にあたりたいのか、テラス席はほぼ満席だった。
藤原が、
「法医学者の佐山孝明先生です」
と外川に教えた。
「外川と言います。よろしくお願いします」
「警察の方だと伺った。司法解剖は個人情報に関する事なので、教えにくいのですが」
「人数だけでいいです。名前はいりません」
「まあ、ならいいですよ。警察の方だと言うし…」
渋った様子を見せた佐山医師に、外川が警察手帳を見せた。
頷いた佐山がノートパソコンを開きながら、
「ここ数か月の不審死。外川さんがお聞きになりたい、特に健康被害に関することで、遺族から司法解剖の依頼があったご遺体は、一件」
「少ないですね」
「例えば、肝臓を悪くして入院。そのまま死亡したとして、それを司法解剖することはないでしょう」
「では、事故やケガではなく体調を崩して入院し、そのまま死亡。病死で処理された人数も教えてください。一件の司法解剖の結果は?」
「三十二名です。うち、七件が高血圧の持病があり、脳出血や急性心不全で運ばれた後、死亡。遺族から、殺されたのではないか、と司法解剖の依頼があったのが一件です。また七件のうち、もう一件は警察からも依頼されていて、亡くなった人たちはすべて男性。つまり、警察からの依頼は、心臓発作を起こした時に一緒にいた女性が怪しいという話で」
「つまりセックスの最中?」
と訊いたのは藤原だった。
「藤原先生の分析は?」
佐山が少しだけ笑みを浮かばせたが、目は笑っていなかった。
「女が、バイアグラ系の薬を飲ませたか自分で飲んだ」
「ED治療薬は高血圧だと、滅多に処方されませんよ」
「藤原、バイアグラって処方箋だったのか」
外川が目を丸めると、
「外川さんさ。あなたはなんでも違法に入手しているから、この国の薬事法とか分かってないんですよ」
と言い、軽蔑するように外川の顔を見た。
「い、違法?」
佐山が頬を強張らせた。
「悪徳警察官です。大けがをしてスリムになったけど、昔はジュニアヘビー級みたいな体で、かわいい女の子を弄んでました」
「誰のせいで大けがをしたんだ。ボケ」
外川が藤原の頭を叩くと、藤原が、「いちいち、叩きすぎですよ。暴力警察官」と怒った。
「仲がよろしい。藤原先生の新しい彼氏ですか」
今度は本当におかしそうに佐山が笑った。
「なんだ。おまえ、この病院にいた頃からゲイなのがばれていたのか」
「バイです。だから、わりと堂々と公言していました」
藤原がそう言うと、佐山が少しだけ首を傾げた。どこか記憶を辿っているような目つきをした。
「度胸あるな。だから逆に結婚できないんだ。恋愛なんか騙し合いだぞ。佐山先生、私はこいつの恋人じゃない。かわいい新妻がいます。もちろん女の子」
「そうなんですか。では外川さんは、かわいい新妻さんを騙して結婚したんですね」
「騙しました。少し前にばれましたが」
「何がですか?」
「人を間違えて殺したことがあるのを」
テロリストの卵の少年のことだ。
「丸腰の少年。一発で、胸の真ん中を撃ち抜いた。即死だ。少年だったけれどテロリストの疑いがあったもんで。人を撃ち殺す時は心臓は狙わない。胸の真ん中を狙う。相手が動いても肺か心臓か喉に当たるから動けなくなるか死ぬ。今日も銃を所持しています。院内に危険な人物がいたら教えてください」
外川がコーヒーカップを持ち、カフェのガーデンを見た。
「い、いませんよ。外川さん、余計なことを聞いてしまい、申し訳ありませんでした。さて、高血圧の男性は、ED治療薬は滅多に飲みませんが、微量なその成分が胃の中から検出されました」
「微量…」
「つまり、バイアグラ系の錠剤を一錠飲んだわけではなく、半分に割って飲んだとか、いや、もっと細かく割って飲んだ。そういうことです」
「事件性はなし?」
「もちろんです。警察からの依頼で調べたご遺体の相手の女性は、そんな薬を飲んでいることを知らなかった。仮に飲ませたとして、その動機もない」
「セックスしたかったのが動機じゃ?」
藤原がケラケラ笑う。外川が藤原を睨んだのを見て、
「外川さんはピリピリされてますが、当時の警察の方もそう言ってましたよ。女性たちに殺意はなくて、もし飲ませたとしたら、長くセックスをしたかっただけだと」
と言って、少しだけ外川から目を逸らした。
「佐山先生もそう思いますか」
間髪入れずに訊く。
「他に何か」
「佐山先生は、厚労省の事務次官補、相良友和と親しい。この界隈の大学病院に法医学の医師は五名。私が藤原の伝手で、佐山先生を尋ねにきたのは、厚労省と仲良しだからです。何か口止めされてませんか」
佐山が姿勢を変えて、落ち着きなく髪の毛を触った。
「外川さん、ストレートですねえ。口止めされてるかって聞いて、はい、されてます、って答える人がいるんですか」
「目の前にいる」
佐山は冷や汗をかいていた。外川の『少年殺し』の話が怖かったようだ。
「何か教えてくれたら、あなたの法医学者としてのキャリアに傷をつけるような真似は私はしません。この捜査は極めて内輪のものなので、警視庁そのものが関わってはいません」
「公安の方だと藤原先生から聞いた…」
「そうです。公安のある部署の勝手な捜査です。なんでももみ消せます」
「そうですか…」
佐山は大きく息を吐きだすと、
「サプリメントを飲んでいました。恐らく毎日」
と言った。
「誰でも飲みます」
「大手製薬会社の健康サプリメント。男性機能を改善するものです。中高年の頻尿とかですね」
「それにED治療薬の成分が混入されていた? 一日、二回、少しずつ飲むから気づかないわけですか」
「そう考えるのが自然です。もともと高血圧の男性。飲み続けて、セックスの調子がよくなり、頑張って体調が悪化したわけです」
「それを報告書には?」
「書いてません。つまり、口止めされました。警察には、サプリの中にED治療薬が混入していたとは言わず、別々に飲んでいたと話した」
「その製薬会社は?」
佐山は頭を抱えた。
「私が教えたとは絶対に口外しませんか」
「しません」
「その保障は?」
外川が銀行口座が書いてあるメモをテーブルの上に出した。暗証番号も書いてある。
「もし、佐山先生がこの件で病院をクビになったら、ここから一億円を引き出していい。ただし、何事も無かったら一円も出さないでもらいたい」
五十五歳くらいの佐山には、退職金、または年金の代わりになる大金だ。
「ここにそんな大金があるかどうか」
「藤原、この口座番号に見覚えは? 口座名義は高洲のお姉さん」
「あー、彼女ですか。常に億万長者ですよ。フェラーリを持ってます。彼女、外川さんにお金を取られるために働いてるんですか」
何がおかしいのか腹を抱えて笑っている。
「今回は取られない。俺は、佐山先生を売ったりしない」
外川の目力を見た佐山が、
「新都製薬です」
と口にした。藤原が目を丸めて、
「お、大手ですよ」
と言った。
「そのサプリは?」
「全国で売れてます。もう、五年以上」
「つまり今も、日本中で飲んではいけないサプリが販売されていて、死亡者も出ている事を知りながら、あなたは黙認していた」
「すみません。悪いとは思っています。ただ、データは取ってませんが、死に至るほどではないかと…。毎日のように死者が出ているとは思えない。ようは高血圧の男性がこれを飲み続けてセックスをやりすぎると危険ですが、そうじゃなければ死ぬほどじゃない」
「何を寝ぼけたこと言ってるんですか。健康食品で、その食品のアレルギーでもなんでもない人が、一人でも死んだらダメなんですよ」
外川は立ち上がると、高洲響子の銀行口座が書いてあるメモを手にして、ポケットにしまった。
「これは必要ないです。佐山先生は、私が口外しなくてもこの病院を追われる。厚労省の友達があなたの名前とこの病院の名前を口にするでしょう」
「まさか…厚労省の人間を逮捕するんですか。この程度で? 優秀な検事がいても起訴できませんよ」
「なぜ?」
「なんて言うか、相良さんからの頼みだったけれど、知らない人間から電話で言われた。親しいと言ってもいつも電話だけで会った事がない。だけど、私に詳しくて優しい。生活が苦しくなると助けてくれる。まるで守り神のよう。警察は勝てません」
「藤原」
「はい」
外川が佐山を睨みつけた。冷たい目で。
「おまえ、ゲイなのをこの院内で言いふらしたのか」
と言った。
「そんなバカなことを吹いて回るわけないですよ」
「佐山先生。なぜ、藤原がゲイだと知ってるんですか」
「……」
佐山は顔面蒼白だった。
「ここで撃ち殺してやろうか。ZEROISMの犬が」
外川が、腰にあるホルスターの中のグロックをちらりと見せると、佐山は椅子から転げ落ち、逃げるように院内を走っていった。
「ZEROISMは結局は宗教だな」
外川が専用の携帯電話を取り出し、
「杉浦、製薬会社は新都製薬。健康被害が恐らく、五年で数千件以上だが亡くなった人は病死にされている。田原誠一郎との繋がりを調べてほしい。厚労省の使い走りは相良友和。そっちは森長さんに」
と教えた。
「数千件? 意外と少ない」
「ここで止められたらな」
「なぜ止められない?」
「おまえも飲んでるかもしれないから」
「はあ?どんな健康食品だ」
「寝室で南美が大喜びするサプリ。朝まで頑張れ」
外川が急に、いつものブラックジョークを口にしたから、藤原がまた大きく笑った。

…続く


普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。