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転生したらクマゼミ屋敷だった件

 子供の頃セミといえばアブラゼミだった。桜の木とかに止まっていて虫取り網を被せると飛び立って網の先の方に入り込んで簡単に取れる一番ちょろい昆虫だ。だいたい見た目も茶色い羽で地味だしザクザク取れてしまって夏の虫かごの九割方を占めてしまうセミの庶民なのだ。アブラゼミに先んじて出てくるのがニイニイゼミで、小さくて平ぺったくて木の肌に馴染んでしまう迷彩柄、声もあまり大きくなく特徴がないので擬音にもしにくい。多くの人には存在を意識されない忍っぽさがある。主な採取地は近所の広島大学の工学部、子供会のキックベースボールの練習などで馴染みのある遊び場だった。年代的には1975年前後のことで、現在は千田公園になっている辺りのことだ。
 ミンミンゼミは背の高い木がたくさん生えているような山の方に出かけた時に出会えるスペシャルなセミ。羽が透明だし漫画でもセミが鳴いてる描写は「みーんみんみんみー」だったので「ザ・セミ」だ。主人公だと言ってもいい。そのミンミンゼミをひとまわり小ぶりにした華奢な姿をして山とかお寺の森とかで夕方鳴くのがヒグラシ、どこか儚げな竹久夢二的イメージ。ツクツクボウシはお盆の頃に出てきて、こっちが夏が終わる物悲しい気持ちになっているのにおかまいなしに明るく鳴く小っちゃいヤツだ。
 そして、ひと夏に1〜2匹しか出会えないセミの中の王様がクマゼミだった。その鳴き声は強烈で、遠くの木で鳴いていてもすぐわかって探しに行ったものだ。見た目も主人公ミンミンゼミを大きくしたような格好だし、黒い胴体や目立つ腹弁が強そうだ。もしクマゼミを採取することができたなら、近所の子供達の英雄になれるだろう。死んでからも宝物として大事に箱に入れてしまっておいて、遊びに来た友達に自慢できる。セミに特化して言えば、私はそんなイメージの世界に暮らしていたのだ。

 ところが、今年、クマゼミだらけの世界に転生してしまった。玄関の脇の木で、年イチしかお目にかからないはずの王様が何匹も大合唱しているのだ。シュールだ。孤高の存在だと思っていたクマゼミの鳴き声が蝉時雨の構成員になっている。庶民アブラゼミはクマゼミに圧されて5%くらいしかいないし、主人公ミンミンゼミに至っては全くいない。私は混乱している。遠くにミンミンゼミの声が聞こえ、外に出てみるもクマゼミの声の渦の中に放り込まれて、聞こえたと思った声がTVの中の音だったことにがっかりするくらいに混乱している。
 こうして初めてクマゼミの蝉時雨を聞くことになったのだが、いくつか気づいたことがある。大きな木の高いところにいて上からシャワーのように鳴き声が降り注ぐイメージだったのだが、背の低い植え込みの細い枝にたくさん止まって鳴いていたりする。その辺の茂みから大音量の蝉時雨が聞こえてくる。低いところにいるものだから素手で容易に捕まえることができる。セミの鳴いているところを見ようとすると鳴き止み、他の鳴いているセミに視線を移すと今度は移した先が鳴き止む。どうやら視認しているらしい。とはいえ鳴いている最中はすぐには鳴き止むことができず、後ずさりしながら終わりまで鳴く。
 そして、この蝉時雨は毎日午前10時ごろに終わる。じりじりした夏の暑さの描写に使われがちな蝉時雨が、この異世界福山では午前中で終わってしまうのだ。なんだか静かな夏の暑い午後というのは不気味な感じさえする。この不気味さはどこかで味わった気がすると思ったら、異世界石神井ではアブラゼミが出はじめるのが7月の終わりから8月の始めで、梅雨明けからアブラゼミが出てくるまでの間が静かで毎年夏になったのに何かが足りないと思っていたあの時の感じだ。ちなみに、異世界石神井では主役ミンミンゼミが庶民アブラゼミと同じくらい多く、さすが東京と思ったのだった。同じ日本、同じ本州、同じ広島と思っているのに異世界はすぐ隣にある。

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