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無理してでも振り返ろうか 〈前〉

 姿勢を正すようになって2年になる。いまだその途中ではあるけれど、姿勢を改善していくなかで分かったのは「おれは誤り続けていたんだ」ということ。人間の立ち姿・座り姿には正しい姿勢があり、それを意識し続けないと身体は楽な体勢をとってしまい、次第に歪んでいってしまう。肉体は流れる。そして流れた方に形状記憶して、固まっていく。日常の怠惰が身体に蓄積して固まり、それが肩こりや腰痛、首の痛みに変わる。このことに気付くのに俺は十数年かかった。つまり間違った体勢を正しい姿勢だと信じてきた俺は十数年もの間ずっと誤り続けていた、ということになる。
 身体に正しい状態があるのなら、きっと精神にも正しい状態があるはず。であるならば、まだ是正を試みていない俺の精神は「誤り続けている」。解決策はまだ見えていない。
 間違った肉体で、間違った精神のまま、俺は学士課程を終えた。そのことはいまさら取り返しのつかない事実で、もはや途方に暮れもしない。誰かが悪かったわけじゃない。間違った精神をずっと正しいと信じて生きていた俺が馬鹿だったんだ。
 そんな理解をした一年だった。

***

 その年に聴き込むアーティストをあらかじめ決めている。今年の場合、春はThe Who, Led Zeppelin、夏はN.W.A、秋・冬(正確には寒くなってきたら)はSimple Minds, Tears For Fears。(Tears For Fearsは現時点で2ndしか聴けてないので特筆することがない)

 The WhoLed Zeppelinも聴いたことがないわけではなかった。The Whoは高校時代に『Tommy』『Who’s Next』を死ぬほど聴いたし、“My Generation” のベースラインに憧れた。Led Zeppelinは大学時代に友人に勧められてファーストを聴いたのだが、どちらも音楽に詳しくない時期になんとなく適当に聴いてしまった気がしていた。だから今春にファーストから順にアルバムを聴いていったのだけれど、感想としては、分かっていたことだが、「“良い” けど、“狂おしく良い” わけではない」という印象。NirvanaとかRed Hot Chili Peppersとかもそうだけど、世間的に名が知れ渡っているバンドは、曲は間違いなく最高だしバンドの存在としても最高に好きなんだけど、「自分」だから好きになっているわけではない感じがする。曲のクオリティーが普遍的な良さ・ロックの正解例としての良さにもはや到達していて、ロックが好きな人間であればきっとみんな好きになれるものなのだ。おれは「自分ゆえに好き」なものを探しているので、だから大物を聴いても逆に熱狂することができない。

 N.W.Aは期待していたからか、楽曲としてはそこまでハマることができなかった。ただドキュメンタリー『Straight Outta Compton』を観たら(製作者の思惑通り見事に)彼らの歩んだ物語に惹かれた。それで今夏はEazy-E、Dr. Dre、Ice Cubeのソロ作や関連アーティストの作品を聴き漁っているうちに過ぎた。(Snoop DoggがDr. Dre界隈だというのも初めて知った)
 “Fuck Tha Police” の発表後にFBIから警告書が送られてきた、というN.W.Aの象徴的なエピソードについては思うことがひとつあった。ドキュメンタリーの中で黒人特有のハイテンションのしゃべりで語られていたのだけど、流したレコードから「Fuck」と聴こえてくることは「マジか」と疑いたくなる衝撃だったのだとか。「おい、信じられるか、いま “Fuck” って言ったぞ!」と。いまや歌詞に「Fuck」が含まれていても、そこまでの驚きはない。なぜならそれはN.W.Aのような先進的で過激なアーティストが犠牲を払いながら人を文化を社会を変えてきたからだ。昔から自分は海外文化に憧れて日本人が「Fuck」と言ったり中指を立てたりすることに抵抗があったのだけど、やっぱりそれはリスペクトが感じられないから軽蔑してしまうのだろう。N.W.Aはライブで “Fuck Tha Police” を禁止されても、あえて警察の目の前で披露し、そして逮捕された。「Fuck」と誰かに主張するためにはそれほどの覚悟が必要だったのだ。現代で軽々と「Fuck」と言ってしまう人にはその覚悟がない、気概がない、度胸がない、いまお前が笑いながら「Fuck」と言えるのは、N.W.Aのように殴られ差別されても抵抗し続けた人間たちがいたからだ。そのことを忘れてはいけないし、知るべきだと思う。お前にその覚悟はあるか。

 あとN.W.Aのエピソードですごくよかったのは、N.W.A解散後に(Death Row Records を経て)Dr. Dreの創設したレーベルの名前が《Aftermath(その後)》だったこと。映画『Straight Outta Compton』でレーベル名を発表するシーンがカッコよく作られていたのと、(全然違う話になるが)夏目漱石のタイトルでは『それから』が一番好きだというのもあるけれど、音楽は背景を知ってこそだと思うので、(Dr. Dreと手を組むことの多い)ヒップホップの圧倒的覇者Eminemが登場するまでのヒップホップ・シーンはN.W.Aから地続きだったことが分かる《Aftermath(その後)》というレーベル名は本当にすごくいい。

 いままでヒップホップの歴史関係がよく分からなかったのだが、N.W.Aを聴いてから下記のような理解ができてかなりスッキリした。ヒップホップは80年代半ばからニューヨークでRun-DMC, Public Enemy, Beastie Boysによって最盛期(Golden Age Hip Hop)に入り、80年代終わりに西海岸に場所を移してN.W.Aを筆頭にギャングスタ・ラップとして過激化。しかし2Pacの銃殺によりギャングスタ・ラップは終焉を迎え、Eminemが登場する。De La Soul, A Tribe Called QuestらNative Tongues組はギャングスタ・ラップ全盛と同時期に、あえて対照的なゆるいラップを披露していた、ということになる。Kanye WestとKendrick Lamarが支配する2000年代以降、つまりはEminem以降の歴史にはあんまり興味がないかもしれない。

 今冬に聴くと決めていたSimple Mindsはパンクのドキュメンタリーで存在を知ったバンドだ。ほかのバンドが閉鎖的な暗い空間で演奏しているのに対し、Simple Mindsが紹介されるビデオはアリーナでのライブ映像だった。その違和感がすごく目に焼き付いていて、ずっと興味があった(けど人生におけるタイミングが違うと思っていたので、聴くのを先延ばしにしていた)。調べてみると、Simple Mindsは1980年代に迎えた全盛期のあとに「壮大なポップ・ロックに陥った」らしい。

"Before they descended into epic pomp-rock bluster, Simple Minds were purveyors of supremely romantic, slyly futuristic synthpop. Sons and Fascination found them cannily mining a seam of mesmerising, shimmering art-rock, while tracks like 'Love Song' were so gorgeously lustrous that you could even forgive them their future." 
「シンプル・マインズは、壮大なポップ・ロックに陥る前は、最高にロマンチックで、ずる賢く未来的なシンセポップを提供していた。Sons and Fascinationは、魅惑的で煌びやかなアートロックのシームを巧みに採掘し、“Love Song” のようなトラックは、彼らの未来を許すことさえできるほど豪華に艶やかだった」

https://en.wikipedia.org/wiki/Sons_and_Fascination/Sister_Feelings_Call

 評価は芳しくなく、売上も伸びていないのでポップ・ロック期のアルバムは聴いていないが、『Sons And Fascination / Sister Feelings Call』『New Gold Dream (81–82–83–84)』『Sparkle In The Rain』の頃は豪華絢爛なシンセの音色と太く印象的なベースラインを武器に、バンドとしてどこか崇高な場所に到達しようと模索している感じが伝わってきてすごくよかった。

 あと思ったのはSimple Mindsの真骨頂はインストゥルメンタルかもしれない。出世作『Sons And Fascination / Sister Feelings Call』の最後に収録されている “Sound In 70 Cities” には自分にも説明が必要な思いに駆られた。(下記は投稿しようとして仕上げられなかった文章の断片)

  この曲は “70 Cities As Love Brings The Fall” のダブ・リミックス版なのだが、聴くうちに喜びにも悲しみに振り分けられない感情がつのって奇妙に泣けてしまう。

 “70 Cities As Love Brings The Fall” 自体、聴くたびに涙したい気持ちになっていたのだけど、それはメイン・ボーカルにかぶせるように歌われるコーラス ”Follows in love / Love brings the fall” に感傷的な気分を誘われるからだと簡単に説明がついた。が、これまで涙を誘われていたボーカルがないインストゥルメンタル  “Sound In 70 Cities” のどこで泣きたくなるのかというと、きっとそれは曲全体で断続的に鳴らされる電動ドリルのような音に、だ。
 僕には知識的にも技術的にもこの音を種別することはできないので、シンセサイザーを鳴らしながら絞って作った音であるくらいにしかなんとなく予想はできない。だけどそんなことは全く重要ではなくて、俺が突き止めたいのは電動ドリルを模した音になぜ泣かされるのか、ということだ。美しいアルペジオやチェロの音色に泣かされるなら分かる。でも電動ドリルで泣くのは明らかに感覚異常だ。ただ、 “Sound In 70 Cities” を繰り返し聴いていくなかで僕が解読しはじめたのは、この音で泣きたくなるのは受け取り方として正しいんじゃないかということ。つまり、“70 Cities As Love Brings The Fall” のダブ・リミックスをわざわざ作ったということはSimple Mindsには意図があったということで、きっとメンバーはこの電動ドリルの音が(ある特定の)人を泣かせられることに気付いた。だから、インストゥルメンタルとして “Sound In 70 Cities” をリリースした。
 この理解がどこに行き着くのかというと、俺はこれまで自分の思いが他者にまっすぐに伝わったことがないと感じていて、いまやコミュニケーションに対する不信感を抱いていた。なぜ伝わらないのか、学生時代は自分の言葉足らずや説明力のなさにその理由があるのだと思って己を責め続けていたのだけど、実はそうではないんじゃないか。コミュニケーションの失敗は受け手側にも問題があるはずで、例えてみるなら周波数を合わせないと放送を受信できないラジオだ。おれは違う周波数で話し続けていた。だから誰もおれの話を受信できなかった。そして俺は“Sound In 70 Cities”の良さを受信できる、Simple Mindsの意図通りに泣くことのできるラジオだった。

 計画はしていなかったが、今年はほかにはMorrisseyを聴いた。The Smithsが好きなので「モリッシーのソロも聴いてますけど」顔をしていたが、実は聴くのは初めてだったりする。The Smithsは高校の一番つらかった時期にずっと聴いていたこともあって、「本当につらいときにしか聴かない、と決めている」けど「本当につらいと感じたとしても、咄嗟に精神薬を飲むような態度で聴きたくない」から「一番好きなバンドなのに、もう一生聴けない」という他人が聞けば面倒臭さしかないジレンマに陥っていたのだけど、(身体から若さが抜けたからか)最近になってThe Smithsに対する情熱というか信心というか、こだわりみたいなものが失せ、The Smithsに平静で向き合えるようになってきたので、このタイミングで聴くことにしたのだった。(昔ならこんな文章も書けなかった)

 The Smithsは四作目『Strangeways, Here We Come』が(も)好きだったりする。初期はアルペジオ至上主義だったジョニー・マーも後期になるとカッティングを取り入れるようになるけれど、そうした変化はモリッシーのボーカルにもあって、ソロではあの伸びやかな『Strangeways, Here We Come』のボーカルのスタイルで、楽器陣のジャンルを変えながら活動している印象。歌詞を含めて、やっぱりモリッシーのボーカルが一番好きかもしれない、と思う。大学時代、The Smithsを語るとき、みんなジョニー・マーのことを話したがったけど、俺はモリッシーの話をしたかったんだよな。

 ソロということであれば他にはStingを今年の頭に聴いていた。70年代パンク出身で音楽的な成功を収めたのはデヴィッド・バーンとスティング(他分野で言えばヴィヴィアン・ウエストウッド)の二人だった、と時折考えるのだけど、ソロを聴いていたらふと忘れていたエピソードを思い出した。

(The Policeは)アルバム『アウトランドス・ダムール』でデビュー。当時の彼らは「あと3年くらいのうちにビートルズが作った世界的記録をすべて塗り替える」と豪語する。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 The Policeはヒット曲を量産し世界的に売れただけでなく、メンバー3人ともその能力を評価されているけれど、上記の宣言が達成されることはなかった。似たような話はManic Street Preachersにもある(ということも連鎖的に思い出した)。

(Manic Street Preachersは)シングル「モータウン・ジャンク」(1991年1月21日)を発表。同時に「30曲入りの2枚組のデビューアルバムを発表し、世界中でナンバーワンにした後、解散する」といった内容の解散宣言をする。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

次のシングル「ユー・ラブ・アス」を発表。今では伝説となった事件が起きる。彼らの大げさな宣伝に軽蔑した態度をとったNME誌のインタビュアー(Steve Lamacq)に対してマニックスが本物であることを証明するために「4 REAL (本気だ)」とリッチーがカミソリの刃で自らの腕に切り刻み17針の大怪我を負う。その後まもなくソニーレコードと契約を結び、1stアルバムの製作にとりかかった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 Manic Street Preachersのデビューアルバム『Generation Terrorists』は世界で1,600万枚を売り上げ、内容としても歴代最高のアルバム・ランキングに名を連ねるほどの傑作になった。が、チャート成績で言えば、イギリスのロック・チャートで1位を獲得するのみで目標とは程遠い結果に終わり、彼らも解散しなかった(そもそも『Generation Terrorists』は30曲入りではない)。
 The PoliceもManic Street Preachersも、彼らがデビュー当時には考えつかなかった栄誉を手にしたわけだけれど、自身が成功の一例として考えついた夢は叶わなかった。そのことは、いまでも彼らの心のどこか片隅に残っていて、ある夜に一人になったときにふと思い出したりするのだろうか。

* 

 今年は(新人という意味で)新しいアーティストをひとつも聞かなかったけれど、新しい発見といえばMark Rennerになる。情報が少ないのだけど、調べてみるかぎり1980年代にボルチモアでひとしれず活動していたアーティストなのだとか。

 それがいま発掘され、音源が世に出ている。その音楽を、ボルチモアから遠く離れた東京で、2022年の冬に、誰でもない俺が聴いて街を切なく歩き回っていた。だから俺も泣いていてはいけないのだ、きっと。誰にも声が届いていないのだとしても。一人に伝わればいい。だから、このさき人類が滅亡するまでに生まれるかもしれないその一人に向けて俺は伝え続けなければならない。俺がここにいることを知らせるために。その人が何百年かけてこの遠すぎる狼煙を見つけてくれたなら、俺は今この世界でひとりきりで生きているのだとしても、宇宙規模で考えればきっとひとりぼっちではない。声の届いた相手が数世紀分重ねたフィルターの上にいるとしても、その人は同世界にいる。だから寂しくても泣いてはいけない。

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 ここまでが今年一年の振り返り前半になる。後半はこれから書く。誰が読むんだ、こんな長い文章。でも読んでくれていたならありがとう。本当に。


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