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短編小説、エッセイ、その他自分の描いたもの

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物語が中心です。おもに短編小説。
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記事一覧

サイゼリヤのミラノ風ドリア

 人は、他の人と関係を持ちながら生きているので、死ぬと、自分の意志と関係なく理不尽にその関係性が終わってしまう。  その、理不尽さや唐突さになんとか理由をつけて納得しようと思うのだが、理由をつけてもさみしいものはさみしい。  そしてそのさみしさはだんだん小さくなっていくように見えて、ある日唐突に、嵐のようにやってきてしまうのだ。  母が亡くなってしばらくして、ひとりでサイゼリヤに行った日に、恥ずかしいほどに泣いてしまった。  外食が好きな母は「サイゼリヤのミラノ風ドリアを食

なるだけ短めの物語

以前描いた「なるだけ短い物語」という短編です。 GWの休みのあいだにまとめてみました。 ひとつひとつが独立した物語です。 自分の中では一貫したテーマがあったのですが「まあ、それはどうでもいいや、今読み返しても好きだな」と思って発表します。 短編は5つあります。4番と5番は少しつながっています。 それでは、どうぞ。 なるだけ短めの物語 1・野良猫 あの日のあとから、あの子がいなくなったような気がする。 あの子は、いつもわたしの見えるところにいるわけじゃないんだけど、ふっと家

「もうわたしのことは考えないで」と彼女は言った

夢の中で久しぶりに女ともだち3人で集まった。 わたしたちが連絡を取り合うのは「どこかでおいしいものを食べよう」という時だけ。 昨今はコロナで、会って食事をする機会を逸してしまっていた。 それでしばらくのあいだ電話もメールもしないままだったのだ。 集まったのは、白い椅子に白い丸テーブルのイタリア料理の店。 予約のときにアサミがコース料理を注文してくれてたらしい。 「お店で悩むより楽だから、勝手に頼んでたの」と笑いながら言ってくれた。 前菜と、オリーブオイルをつけたバケット

君のいる空の下で今日もおしゃべりをしている

2011年3月12日。その日九州新幹線が開通した。 震災の翌日のことだ。 全線開通のオープニングイベントは、前日の夕方に早々に中止になった。 ダンスもパレードもなくなってしまった。 テレビで流れる津波の衝撃的に呆然とするだけで、これからどうすればいいのかなんて誰にもわからなかった。 当時、新幹線が停車することになったわたしの町は、ふわふわ浮き足立っていた。 この町から新幹線でまっすぐ遠くに行ける。九州の小さな町にとって、それは夢のような話だった。 九州新幹線開通の当日は

LoveHotel

仕事でよく訪問する事務所がラブホテル街の中にある。ほぼ毎週のように車で向かう。そして、ほぼ毎回、ホテルから出てくる車とすれちがう。 いろんなホテルがあるけれど、いろんな人が利用してるんだな。車で入れるモーテルタイプの中をのぞいてみると、車がたくさん停まっているではないか。 そして、車の運転が乱暴でも恥ずかしげでもなく、ふつうに人の出入りがあるということも小さな驚きだった。道路が片側工事中だったら、こちらが通りすぎるまで待っててくれるし。 平日の昼間のラブホは意外にも年齢

戦場のパーティ

佐藤正午の「月の満ち欠け」を読んだときに、若い頃よく「同じ家に帰る」夢を見ていたことを思い出しました。わたしはなぜか「その昔、わたしが死んだ」ことも夢の中で知っていました。「月の満ち欠け」みたいに、自分の前世の記憶を描いてみたいな、そう思って作ったのがこの短編です。 「戦場のパーティ」 夢の中で、わたしの家はいつもここだ。 大通りから横道に入り、大きな川の堤防へと向かう。アップダウンの激しい人家の少ない畦道だ。堤防にぶつかる。左方向に曲がる。今度は急な上り坂が続く。両側

やっと人間になれたんだよ

# はじめてのインターネット もう、昔すぎて思い出せないくらい昔。下の子が生まれて、義父母がなくなり、想定外の転勤になって、よくわからないくらいにいろんな「繋がり」がなくなって、わたしはふわふわしていた。ワンオペ育児だし友達いないし、義父母の家業の整理もしなきゃいけない。それで誰とも話せない日々で、ママ友もいないんでパソコン買って、インターネット繋いだ。そういう経緯だ。 インターネット? BBSって言ってなかったっけ? ニフティ? 最初は上手に仲間に入れずウロウロしてて記

名前の由来

雪のように肌の白い赤ん坊だった。父親は生まれたてのわたしを見て「ゆき」と名付けた・・・由来を聞かれるたびにそう説明していたが、嘘である。 産院のソファでなかなか生まれないわたしを待っていた父親は、置かれていた女性雑誌を読んでいた。そこに映っていたモデルの名前が「ゆき」だったらしい。そうか、こういう名前もいいな、そうしてわたしの名前になった。 結婚して苗字は変わった。苗字が変わった名前を最初はネットで使っていた。 そのうちにハンドルネームなるものを作った。「野雪」という名

午後の最後の芝生

ずっと独身でいるにちがいない。 なんとなくムスメのことをそう思っていた。 オタクで偏屈でひきこもり気味。家から出ずに何日もすごせる。 ときにはピアスを一緒に見たり、カフェにいくこともあった。 ところがこのムスメが、そうそうに結婚してしまった。 遠距離恋愛の彼と、2人で近隣の都市に就職し、いつのまにか同居していた。 休日にはときどき2人で実家に遊びにきてムスメの部屋に泊まっていった。 物静かな彼は、控えめにオットのビールの相手をしてくれ、ときにはみんなで食事にも行った。