白いポルシェの山根君

 高校二年生の時の同級生に山根という男子がいた。山根はいわゆるダブリの生徒で同級生とはいえ私よりも1歳年上だった。山根は留年するぐらいだから決して真面目な生徒ではなく、授業中でもふいにいなくなってしまったり、教師に突っかかる場面もそれほど多くはなかったけれど何回か見かけることがあった。
 私は色々と訳があって高校二年生の一学期はほぼ全くと言っていいほど授業には出ていなかったから山根の様子はよく知らなかったが、たまに登校すると休み時間に山根が話しかけてくることがあった。山根的には私のことを自分と同じ不良仲間のようなつもりでいたんだろう。でも私はあからさまな不良が大嫌いだったし私がいつも遊んでいた人たちは大学生や社会人だったりしたから別に山根が思うような不良という訳ではなかった。それに大学生や社会人の彼らに比べると山根はあからさまに幼稚だった。だから私は山根に話しかけられても無視するようにしていた。
 一学期も終わるという頃になって私はようやくきちんと学校に通いはじめた。その頃には山根が私に話しかけてくることはもうなかったけど、山根と接点が減るにつれ、それに反比例するかのように私の耳に何かと山根の情報が入ってくるようになった。
 同じクラスの友人がいうには山根の父親はカタギではない仕事をしており、山根ももうすぐ高校を中退して父親の仕事を手伝うらしいということ、それから一学年下の女子とつきあっていたが妊娠させて別れたということ、もうすでに自動車の免許をもっていて学校までクルマで通っていること、などなど。でもいずれも眉唾というか、俄かに信じがたい話だなと思い聞き流すことにした。それにその頃の私にはカタギではない仕事というものがどういうものなのか想像も出来なかったし、おまけに妊娠させられたという女子も校内で何回も見かけたことがあったがそれらしき影めいたようなものなど微塵も見受けられなかった。そうは言っても本当のところは分からないけれども、そのときの私はそう感じた。
 私が通っていた学校は自転車通学が禁止されていたが、私は朝の混みあった電車に乗るのが嫌で勝手に自転車で通学していた。自転車は学校の敷地からすこし離れた場所にあった教職員の駐車場の担任の車の陰に置いていた。これが灯台下暗しというのか、一度も見つからなかったのがいま振り返っても結構おかしい。もちろん見つかったら停学処分である。
 そんなある日のこと、自転車に乗って交差点で信号待ちをしていたらクラクションをならされた。ん?誰だ?と思い振り返ると白いポルシェに乗った山根が私に手を振っていた。え、マジか!ホンマにクルマで通学してたんや、と驚いたが山根はそのまま走り去っていった。
 次の日の休み時間に山根に声を掛けられた。「おまえ自転車でなんか通学してんなよ。そのうちバレるぞ」みたいな感じのことだったと思う。私は「山根君もクルマで学校に来たらあかんやん」というような事を言った。すると山根は「俺は学校の近くにきちんと駐車場を借りているから大丈夫や」みたいなことを言った。そういう問題じゃないしこいつホンマにアホやなとおもっていると山根は「俺が借りてる駐車場に自転車隠したらいいよ。担任の車の影じゃそのうちばれるぞ」といった。こいつ私の自転車のこと知ってたのかと驚いた。
 山根は三年生になるタイミングで退学した。結局私は山根の駐車場に自転車を隠すことはしなかったし山根もそれ以上しつこく言ってくることはなかった。山根がいなくなったところでクラスの中の雰囲気は何一つかわらなかったけれど、私にとって山根はいなくなると存在感を増す類の人間だったみたいで、それ以来も白いポルシェを見かけると「あ、山根かな」と気になるようになった。
 山根はその後、誰かが運転するクルマの助手席に座っていた時にその車が阪神高速で事故をおこしてしまい亡くなった。五月の連休中の出来事だった。大型トラックや何台もの自動車を巻き込む大きな事故だったらしい。その話を成人式のときに山根の友人と仲が良かったという同級生から聞いた。ひょっとしたらデマかもしれないし、本当なのかもしれないし実際はどうなんだろう。でも私はいまでも山根があの白いポルシェに乗って走っているような気がして仕方がない。街中で白いポルシェを見かけたら運転席に山根の姿を探してしまう。白いポルシェといえば山根。きっとこれからもそうだろう。

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