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【短編】古本を手にいろいろと空想してみる

令和六年一月十九日 金曜日 晴れ

 従姉の結婚式に参列するために東京を訪れる機会があった。そして折角東京に来たのだからと思い、空いた一日に神田神保町の古書店を巡り歩いた。昼前に神保町に着き、それから数軒回ってそのうちの一軒で本を二冊買い、その書店を出てからしばらく歩いているうちに目に留まった喫茶店で遅めの昼食をとってホテルに戻った。
 ホテルに戻り、買った本のうちの一冊をおもむろにめくっていると、女性の名前が見返しに美しい筆跡で書かれているのを見つけた。書店で本をパラパラとめくったときはカバーに隠れていたせいで気が付かなかったのだ。それはきっと万年筆の藍色のインクで書かれているのであろう、そしてきっとこの本の以前の持ち主の名前なんだろうと思った。
 
 私は以前の持ち主が残していったこういった痕跡を見るのが好きだ。その人はどんな人で一体どうしてこの本を手にしたのだろうなどと空想するのが好きだ。ただ同じ本を選んだというだけで、その人がどんな人かも分からないのに、何だか親しくなれるような気になる。
 どこの誰かもわからないあなたは、見返しに名前を書くということからするときっと年配の方なんだろうか。何故この作者の本を読もうと思ったのですか?読者は女性よりも男性の方が多そうだから、余計に気になる。
 どこで買ったんだろう。ターミナル駅前の大型書店なのか自宅最寄り駅の近くの書店なのか。でもアマゾンではないような気がする、なんとなくだけど。そしていろいろと想像して、何故この本を手放したんだろうと思う。
 おそらく大した理由では無いんだろうなと思う。読み終えた本を手元に置いておかない主義の人なのかもしれない。それともつまらなくて途中で読むのをやめたとか。そして、この本はこの人の手元を離れてからどんな旅路を経て神保町のあの古書店に辿り着いたのだろう。

 そしてその本をいま私が手にしている。私が最後の所有者になるのか、それともまた何処かに旅立っていくのか分からないけど、この本はこれからは近畿地方をぐるぐると巡ることになるのだろうか。そしていつの日か、出張で九州から大阪に来たビジネスマンがこの本を九州まで連れて帰るなんていうこともあるのかもしれない。そんなことをホテルのベッドに寝そべりながら空想する。
 ホテルの部屋の窓から冬のやわらかい西日が差し込んでいる。そろそろ夕暮れ時。そして私にはこういう非生産的な時間がとても大事なんだ。読書にすらインプットとかアウトプットという言葉を使われる方には馬鹿にされるんだろうな、きっと。
 

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