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結婚

結婚した日のことを.
なぜならつい先日結婚記念日であった.
今となっては,あの日のことを覚えていてるのは僕だけだ.

明確に結婚することを決めた日,プロポーズの日というのはない.
ただ,その年にそうすることは決めていて,ある日に婚姻届を出した.
どの日を結婚記念日とするかは人それぞれだそうだが,僕たちはその日にした.

その年のその日.
僕たちの好きなスポーツのチケットを引き当て,一年越しの楽しみに観に行った.
その年に結婚するのだろうと思っていた.
その日は大安の日であったから,その日に婚姻届を出そうと決めた.
プロポーズのタイミングも与えられず,妻がかわいい婚姻届をもらってきて,妻と僕の母たちに書いてもらった.
満員のスタジアムで,試合が終わる.
晴れた夜だった.思ったより帰り道が混んでいる.急いで,東京タワーに向かう.
明日になる前に.
駅について婚姻届を握りしめて早足で向かう.僕がもう一つ握っていたものは,縹の色の箱に入った指輪だ.

役所までの道の途中,信号待ち.大きな蝋燭のような東京タワーに見守られながら,
妻の左の薬指に指輪を贈った.
走って,日付が変わる頃に婚姻届を受け取ってもらった.

深夜の焼肉屋で指輪の写真を何枚も撮っていた妻が,あの時だけでも幸せであったなら嬉しい.

夕方から真夜中までずっと二人きりだった.
僕たちの秘密を,あの日のことを話せる人はもういないけれど.
あの日の満員のスタジアム.きっと妻と僕と以外の誰かの思い出にもなっているだろう.
あの夜の東京タワー.僕たちが一番好きな,オレンジの灯りだった.
それに照らされた妻の横顔は,美しかった.
どれも幻ではなかったと思う.

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