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【ショートショート】北条さんはロボット

(1465文字)
北条さんを観察している。
窓際の席でパソコンに向かう北条さんの薄くなった頭頂部に、傾き始めた陽の光が反射する。
歳は50代半ばか後半か。
僕が入社して8年。北条さんは全く変わらない。
たった8年で、50代の男性の外見に大きな変化は見られないと思うが、髪の薄さも全く変わらない。少しは進行してもおかしくないと思うが。
北条さんはいつも姿勢正しく座り、一日中パソコンに向かって入力作業を行なっている。
疲れた様子を全く見せない。
肩を押さえて首を回したり、イスの背もたれに寄りかかって大きく伸びをするなどの動作を見たことがない。

北条さんはロボットではないかと、僕は疑っている。

荒唐無稽と笑うかもしれないが、ボクの疑いは確信に変わりつつある。
北条さんの近くを通りかかったとき、僕は聞いたのだ。微かな機械音を。
とても精巧な機械が奏でる、高く軽やかな旋律。
カシューン、チュイーン、キュイーンというような。
意識しなければ聞こえないくらいの音だが、それは確かに北条さんから聞こえていた。
ある日、その音がやや大きく、そしてギギギと濁音で表される軋む音が混じっているように感じた。
その次の日から三日間、北条さんは会社を休み、再び出社すると、いつもの軽やかな音に戻っていた。
間違いなく、修理をしてきたのだ。
そういえば、北条さんが食事に出かけたり、デスクで何かを食べたり、飲んだ理している姿を見たことがない。

しかしなぜなのだ。
北条さんがロボットだとして、なぜこんな普通の食品会社の総務部に配属されているのか。しかも冴えない中年の姿で。
その謎が残り、僕の疑念はまだ確信に至っていないのだ。

ロボットといえば、経理部の塚原さんの仕事ぶりも、まるで高性能AIを搭載したロボットのようだ。
歳は30代半ばだろうか。
髪は肩までのストレートで、化粧は濃くも薄くもない。
いつも紺かグレーのシンプルなパンツスーツで、清潔感はあるが、不思議に女性的な色気が感じられない。
それは僕の好みの問題と言ってしまえばそれまでだが、生物としての柔らかさというのだろか、それが感じられないのだ。
そしてその仕事ぶり。
パソコンに向かう姿は北条さんと同じで、姿勢の良さを崩さないし、疲れた姿を見せない。
さらに、各部署からの領収書が経費に該当するかの判断が極めて早い。
まるで、スキャンして瞬時に答えを出しているようだ。
僕は塚原さんから機械音がするかどうか確かめようとしたが、女性なのであまり近づくことはできない。だから未だに確認することはできていない。

塚原さんもロボットだとすれば、他にもロボットじゃないかという疑いのある社員は多数いる。
しかし、もしそうだとして、何のために?

最近、膝の調子が悪い。
痛みはないが、大きく曲げたり伸ばしたりすると、ギシギシと音がする。
念のため整形外科に行ってみると、ここでは判断がつかないので、専門の病院を紹介するという。
紹介された病院に行くと、待合室で北条さんを見かけた。
ソファに姿勢正しく腰掛けて、前を見つめ続けている。
僕は挨拶しようと思ったが、その姿を見て声をかけずに観察することにした。
北条さんは微動だにしない。
やがて、僕が先に診察室に呼ばれた。
担当の医者はボクの足を持ち、膝を何度か曲げ伸ばしをすると二、三度うなずいた。
そして立ち上がり、衝立の向こうで看護師になにか指示を始めた。
最新型、特殊、AI、試験的、そんな単語が聞こえた。
どれも医療に使われる単語ではない。
医者が戻るのを待ちながら、もう一度、膝を大きく動かしてみる。
ギシギシという音が、なんだか機械音にも聞こえてきた。

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