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「ごめんね」→「いいよ」をセットで教えない

保育士を10年間やっています yukichi. です。

子どもの喧嘩を仲立ちする立場の先生や親などの大人で、よく
「ほら、ちゃんと謝りなさい!」
と、【ごめんね】を強要するというか、きちんと言葉で相手に伝えさせることってありますよね。それはよく分かるんです。
悪いことをしてしまったり、相手を傷つけてしまったとか、嫌な・悲しい・痛い・不快な思いをさせてしまったら、面と向かってきちんと謝ること。
それはとても大事。わざとであってもなくても。

素直に謝ることがなかなか難しい子もいますから。

でも、そのあと謝られた側の子が黙っていたり、まだ怒っていたりすると、「ほら、いいよ、は?」と「ちゃんと謝ってくれたんだから許してあげなさい」というような意図で【いいよ】までをワンセットで教える大人が少なからずいます。それってどうなんでしょ?

ベテランと呼ばれる年配保育士の中にも、普通にそういう人がいるんです。
でも私には、それが正解だとは思えないんですよね、というお話です。



①「全然よかねーよ!」なケースの方が多い

私は保育士が本職なので、幼児を仮定に話をします。
例えば、男児Aがかばんを振り回していて、女児Bの顔に当たってしまったとします。

保育士「こら!Bちゃんの顔に当たっちゃったでしょ!痛かったよね。Aくん、ちゃんと謝りなさい!」
男児A「ごめんね」
女児B「いいよ」

一見すればよくある光景のようです。
いや、でもこれ、ほんとに正解ですか?なんだか違和感ありません?
(お互い様だったり、怪我もなく全然たいしたことないものだったのなら、これでいいんですが。)

だって、この一場面だけ見れば丸く収まったようにも思えますが、男児Aは翌日にはまた帽子やジャンパー等を振り回したりして、いつかまた誰かにぶつけてしまうかもしれません。
「いいよ」と言った女児Bの気持ちだって、ほんとにそれでよかったの?
いやいや、全然よかねーよ!だって、痛かったんだもん。顔だし、目に近いところだったし、ほんとに危なかったんだから。

先日、泣いている子に「いいよ」を無理に言わせている
シーンを見かけました。いや、全然よかねーよ!
あとでこっそりフォローしておきました。

謝られたなら許さなければならない、として
「ごめんね」→「いいよ」
をセットにして教えることは、その場しのぎの・気持ちの収めどころとして形式上おこなっただけのものであって、根本的な解決には決して至らないのです。

特に、お互い様でなく一方が明らかに悪かった場合や、怪我・危険が伴う場合では、こんな一辺倒なフレーズ集などなんの役にも立ちません。

まさに【ごめんで済んだら警察いらん!】って話ですよね。



②許さないのではなく、チクリと釘を刺せる言葉を返せるように

では、この例の場合、いったいどうすれば良かったのでしょう? 「ごめんね」のあと女児Bが
「すっごく痛かったんだから、もう絶対に振り回さないでよね。」とか
「ちゃんと周り見てよね!危ないんだから。」
「カバンをぶんぶんするのは、もう二度としないでね。」
などと言えたなら、どうでしょう?

男児Aの、物を振り回したり投げたりする癖がすぐさま直るわけではないにせよ、実際の場面で適時に伝えたほうが、チクリと釘を刺すことができます。
普段どれだけ先生が「危ないから振り回してはいけません」なんて言ってたって変わらなかったとしても、起きた結果に対して当事者から直接言われれば、何倍も効果があるのではないかと思います。
習慣や癖を変えるには、積み重ねが必要ですから。

注意欠陥・多動など、いわゆる事故誘発児と
言われるタイプの子どももいます。

その場しのぎではなく、今後同じようなことが起こらないようにするためです。
廊下を走っていてぶつかったのなら「廊下は歩いてっていつも言われてるよね!」とか、誤って牛乳をこぼして隣の子の服を汚してしまったのなら「食べる時はちゃんと前向いてよね!」とか。

謝られた側の子も、ちゃんと自分の気持ちを伝えることが大切です。牛乳の例ならば
「これはお気に入りの服だから、めっちゃ嫌だった!」とかね。5歳くらいになれば、大人が感心するような、ほんとにいっちょ前な返しができるようになってきます。

謝罪した相手を許さないのではなく、今後のためにチクリと釘を刺しておける人になってほしいです。自分のため・相手のため・みんなのため・これからのために。


③昔、私が耳にした実例の件

私が保育士になるよりもずーっと前の話。

スポーツインストラクターとして体育館で勤務していた頃、自分が受け持つ器械体操のクラスの小学3年生の男の子の保護者から連絡が入り、
「右手首を骨折してしまったので、何ヶ月か休会させてほしい。」と。
私は、「えー!それは大変ですね、利き手でしょ?いったい何があったんですか?」と聞きました。

すると、公園の近くを歩いていたら大きいお兄ちゃん(おそらく中学生ぐらい)の自転車が急に出てきてぶつかられ転倒してしまい、その時に右手をアスファルトに思いっきり着いてしまったのだ、と。
「ごめんね」と言われたので、いつもの調子で咄嗟に「いいよ」と返してしまい、お兄ちゃんはその場から去って行ってしまった。
顔も名前も、どこの誰かも分からない、と。

えーーー‥‥ そんなことある⁈
んで、骨折してたんよ。治療費請求がどうとかはもちろん、その中学生や親になんの責任も取ってもらえず泣き寝入りなんて、不憫すぎやん?

利き手側の骨折。考えただけで不便すぎる。
私自身に経験はないけど。
ギプスなら足にしたことはありますが。

この時、私は
「ほんとに大丈夫じゃない時は、絶対に【いいよ】は言ったらあかん。知らない相手の時は、ちゃんと名前と連絡先を聞くこと。って、ちゃんと子どもたちに教えよう。」と思いました。
この記憶が残っているので、保育士になってからもずっと、心に留めています。

ただその場しのぎの形式的な言葉のやりとりじゃなく、子どもが自分で気持ちや思いを相手に伝え、双方が考えて納得いくまで問題解決できるように導いていくのが、大人や先生の役目だから。まあ、お金が絡む責任は保護者や大人にしか取れないとしても。
だからこれからも、大人の役目は何なのか試行錯誤しながらやっていきたいと思います。
人間関係の問題解決力は、成長して大人になっても・死ぬまで続いていく課題ですから。

noteばっかり書いてるように見えて、ちゃんと真面目に本業の先生やってるんですよ〜、一応。
という話でした。おしまい。

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