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私の中のたくさんのワタシたち

『家の近くの弁当屋のアジフライが美味いから食え』とか『暇だろうから顔見に行ってやる』とか何かにつけて現れるルイに私はもう慣れきっていてもう成人している大の大人が明け方の公園で思いっきりブランコをこぐ姿が今も胸に焼き付いている。

それは私が私でいられる唯一の時間だった。

「ユキは彼氏とかいぃひんのか」

冬の肌寒い日にルイが唐突にこんなことを聞いてきた。私が男嫌いなこと知ってるくせに。

「男なんてやることしか考えてないじゃん。いらないよそんなの」

「ほーん。」

ルイは自分から聞いておいて興味なさげにブランコを漕いでいる。

「まぁ俺みたいなええ男他におらんもんなぁ」

そしてまたにかっと笑う。
その笑顔が嫌ではなくなったのはいつ頃からだろうか。

「…ルイは」

彼女いるの。そんな言葉を言おうとして何故か聞けない。なんでだろう。不思議な気持ち。

「ん?」

ルイはいつも私が話し出すのを待ってくれる。いつもは強引なくせに。

「暇なんだね。」

「暇ちゃうわ!こちとら朝まで仕事やっちゅーねんどあほ」

「なら来なくていいよ」

「俺が来たいから来てんねん。うっさいわ」

そういってルイは私の頭を撫でると『またな』といってバイクで走り去ってしまう。

遥が出てる時私は中にいる。
中にいるとルイと連絡が取れない。友達とも連絡が取れない。遥でいる時に連絡が来たら困るからフリーアドレスを取得してそこにだけ送って電話はしないようにとだけ言った。
この関係を切りたくなかったから。
もちろん逐一メールは消去していた。

「ゆきちゃん」

さやさんが私を呼ぶ。もう中での生活にも随分慣れた。

「はい」

「みやびくんが呼んでるわ」

統括?だかなんだか知らないが私がみやびに呼ばれる時はろくな事がない。
重い足取りで下の階への階段をおりて雅の部屋の扉をノックする。『はいれ』と声がして中に入るとソファーに寝転んだまま飴を舐めているみやびがそこにいた。

「何か用?」

「用事がなくお前なんて呼ぶわけないだろ。」

「なに?」

「随分楽しんでるみたいじゃん。オトモダチつくって」

みやびがソファーからおりてこっちに近づいてくる。

「自分の役割忘れちゃダメだよ」

お前は所詮遥の代わりなんだから。
分不相応なものを欲しがるなよ、代替品。

そういってみやびは部屋を出ていった。

私のモノなんてこの世界にはない。
名前も、友達も、人生も。
わかっていたのに。

その日初めて私は自分で遥をスポットから引きずり出した。

そして初めて自分からルイに電話をかけた。
もちろん仕事中。出るなんて思ってない。

コール音を聞きながら涙が頬を伝うのを感じていた。

何度目かのコールで電話を切ろうとした

『どないしたん』

聞きなれた声が電話越しに聞こえた

「…っ…まちがえた」

「なんかあったんやろ」

「なんもない」

そのまま電話をきって止まらない涙に嗚咽が漏れて枕に顔を埋めて叫び出したい気持ちを抑えていた。

携帯がずっと音を立てていてそれがルイなのもわかってた。苦しくて悲しくて辛くて、でも縋りつきたい。それが恋だというならこれが私の初恋だった。

携帯の音がいつの間にか止まっていてメールの着信を知らせる光がチカチカしていた。

『はよでてこい』

メールにはそれだけ。
冷たい水で顔を洗って適当な服を身につけて外に出る。肌寒い。

「…間違い電話だよ」

ブランコに腰かけてタバコを吸ってるルイに話しかけるとルイは「ふーん」とだけ答えた。

ココアを渡されてしばらく沈黙。

「で?」

「なんでもない」

「で?」

私の方を見ない。私が話し出すのを待ってる。知ってる。

「…解離性同一性障害っていう病気があって」

堰を切ったように溢れ出した気持ちをルイは隣で静かに聞いてくれた。私の泣き声だけが静かな明け方の公園に響いている。

私のモノなんてこの世界にはひとつも存在しない。その事だけが私から全てを奪っていく気がした。あの夜の汚らしい記憶だけが私を形作っているのだと、お前にはそれしかないのだと責め立てる声が自分の中から湧き上がってくるみたいに。

「ほんで?今話してんのは誰なん?」

「…ユキ」

「そらそうやろな。俺もユキしか知らん。」

「でも、私はどうせ代わりにしかなれなくて」

「俺が話しとんのはお前やろ」

「…そうだけど」

ルイがハンカチを取りだして私の涙を拭ってくれる。

「ハンカチちゅーのは女の涙を拭うためにあんねんで。」

かっこええやろ。ってまたいつもの笑顔でいう。ハンカチからはルイの香水の匂いがして少しだけタバコの匂いがした。

「ばかじゃん」

「お前もな」

タバコに火をつけたルイの手からタバコを奪って思い切り吸い込む。むせて咳き込んでいる私にルイが思いきり笑う。

「ガキがイキんな」

「いー女でしょ」

口に残る苦さにルイを感じた気がした。

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