見出し画像

WONCA@Sydney参加の足あと〜文化とアートとマイノリティ〜

10月末にシドニーで開催されたWONCAの世界大会に行ってきました。
コロナ後4年ぶりの海外。いろいろ感じたことを記しておきます。

WONCAとは?

WONCAは世界の「家庭医」の学会で、プライマリケアを専門領域とする医師を中心に参加しています。

2年に1回世界大会と地方会があり、今年はコロナ後初の世界大会の開催でした。
私は専攻医のころに国際交流に関心があり、日本プライマリ・ケア連合学会の交換留学プログラムでWONCA APR(アジア太平洋領域の地方会)でタイ・パタヤに行ったり、4年前には韓国・ソウルで開催されたWONCA世界大会にも参加しました。コロナを経て4年ぶりの海外学会。
そんな今回のWONCAのミッションは、以下の3つでした。
・LGBTQ領域の学びとネットワーキング:ワークショップの開催
・社会的処方と家庭医療について学ぶ:ほっちのロッヂでの取り組みのポスター発表
・若手医師とのネットワーキング

学会を通して:文化の違いと配慮・関わり方

まず感じたのはアボリジニ・トレス諸島の先住民への敬意。
先住民族が住んでいた島にイギリスなどが入り、歴史の中で民族・人種がミックスされたオーストラリア。現在もとてもセンシティブかつ国民の根っこのアイデンティティに関わる問題として存在しています。
学会期間中はアボリジニの文化的なモチーフが投影され、当日のオーストラリアの方のプレゼンテーション・発表の前には必ず先住民へのリスペクトを示す文言
が。(テレビ番組などでも同様にもうした文言や宣誓がなされるとのことです)
話し手の思いを感じる場面もあれば、どこか形骸的に感じる場面もあり、これが国民感情としてどう受け止められているのか、所謂ポリコレ的な部分を感じる人はいるのか、気になりながらも短い滞在と拙い英語のコミュニケーションでは理解しきれませんでした。(こうした繊細な文化的テーマを、他者を傷つけないように母国語以外で話すことは、それ相応の力が必要と思います)
これから関心を持って学びたいと思います。

アボリジニのテキスタイルが壁に映し出されていました。
プレゼンに幾度となく表記され、口頭で伝えられた”Acknowledgement of country”

「Indigenous health(先住民族の健康)」

“Indigenous health”は一つの大きなテーマで、たくさんの発表やワークショップが開催されていました。
アボリジニなど先住民族の方々は平均寿命が50台と短く、心血管イベントを起こしやすいなど遺伝的・生活習慣などが複雑に関わった健康リスクを持つ集団とされています。実際に問診票に先住民族かをきく項目があり、年1回の健診が保険でカバーされたり、医療費の補助があったりと制度的なサポートもあるようです。
先住民族からの意見を取り入れるため、2023年10月にはオーストラリアの国会議員に一定数少数民族の代表者を選ぶ案について投票が行われ、これが否決されたとのことで、世論も揺れている時期でした。
世界的にも人種・宗教・民族で分断がおこる社会で、文化的な側面についてさまざまな形で国民が意識しながら生活していること、医療の視点からも積極的に関わっていることは、とても印象的かつ日本のこれからを考えるうえでも示唆的な経験でした。

・LGBTQ領域の学びとネットワーキング

今回は10月25日にLGBTQ Health Special Interest Groupの会議、10月26日には「Gay Men's Health Workshop」を開催しました。
WONCAにはLGBTQ Health Special Interest Groupが数年前に発足し、LGBTQと家庭医療についてまだ立ち上がったばかりでコロナもあり、これからネットワークを増やしていく段階です。
トランスジェンダーの医療を家庭医としてどう届けていくか、文化的な背景への配慮(2年前、コロナで現地開催はされなかったWONCAはUAEのアブダビでした。中東などLGBTQであることが罪になる国での学会開催について議論があったこと、文化への配慮をしながら差別を受け犯罪化される国から参加する医師が安全にLGBTQ Healthの学びを受けられるにはどうしたらいいか、などの視点で議論がありました)

26日はオーストラリア、香港、ブラジルの家庭医と一緒に初めてWONCAでワークショップを開催しました。私は日本のゲイ男性と医療の現状についてプレゼンをし、参加者とディスカッションをしました。
70名近い参加者が集まりとても盛り上がり、テーマの関心の大きさを感じることができました。また、日本の実践として一般社団法人として行なっているプライマリケア領域での啓発活動について「日本の成功例だね」と言ってくれたり、とてもいいプレゼンだったと後で声をかけてくださるオーストラリアの家庭医もいたりと、国際的にも通じる活動ができていることを実感できました。
一方で参加者の地域は欧米に偏っており、アジア・中東などの地域は少なく(中東はいませんでした)そもそも国際学会やテーマへのアクセシビリティについても考えさせられました。 

ファシリーテーターたちと。
日本での活動をプレゼンしました
LGBTQ+と医療について、オープンに話し合えるって素敵なこと。

学会期間中に、シドニーのLGBTQシティツアーにも参加しました。
ドラァグクイーンの方がシドニーのゲイタウンを中心に案内をしてくださり、30年前には同性愛が犯罪とされていたシドニーで、2017年に同性婚が実現するに至った道のりを、プライドパレードである”マルディグラ”が行われるまちを歩きながら感じ、学びました。HIVの流行期にはゲイの人たちへの差別も激化し、医療拒否などヘルスケアへのアクセスも悪化した歴史があります。(これは書ききれないくらい色んな思いがあったのですが、また機会があればまとめます)
これから日本で医療に何ができるか?と聞いたところどんなセクシュアリティの人でも受け入れるための「education」だと答えてくれました。 

虹色のストリートで。HAPPYな時間でした。
ゲイタウンであるOXFORD STREETにて。

・社会的処方と家庭医療について学ぶ

ポスター発表では「social prescribing for people living with dementia: art program using visual thinking strategies」という題で、今年開催した認知症カフェでの写真を用いた対話型鑑賞について発表しました。
ポスターはe-poster形式でモニターがずらっと並び、5分ほど時間が与えられプレゼンするスタイル。「評価はどのように行うの?(満足度や幸福度?でも認知症の人だと当事者の評価が妥当かという問題があるよね、など)」「高齢者は昔の写真を見るとトラウマを思い出したりPTSDのリスクがあると思うけど、どう配慮したの?(たとえば戦争や戦いを直接連想させるようなものは扱わないようにしている)」といった質疑応答があり、とても楽しい時間でした。

コミュニケーションがプレゼンの醍醐味。

WONCA全体では社会的処方についての発表などはあまり多くなく、そこまで関心領域にはなっていないのかなと思いました。
私の個人的な印象ですが、世界的にみたら地域のケアワーカーが主に担う仕事で(医師のコスト、職業による分担など)、社会的処方の実践については分業でよりコミュニティサービス側が担うことが多いのかなと思いました。(つまり医師が地域に出ていく、といったテーマはある種で贅沢な先進国的発想なのかな?と)関連してオーストラリアでは、ランニングに関わる団体とRACGP(オーストラリア家庭医療学会)が連携して、ランニング(運動)やそれに伴うつながりを医師が「処方」する「PARKRUN PRACTICE INITIATIVE」という活動があることを知りました。

https://blog.parkrun.com/jp/2022/05/17/parkrun-practices-au-launch/

アートから考える社会文化的包摂とつながり

学会の合間にNSW(ニューサウスウェールズ)州立美術館に訪れました。
オーストラリア有数の大きな美術館で、オーストラリアの文化の保存と展示という点に非常に重点を置いています。
権威的な美術館(旧館)に対して、2022年に作られた新館は「Art for All」を謳い、インクルーシブな社会との接続をアートの視点から試みています。旧館の展示も、18世紀などの絵と現代作家の絵をミックスした展示をしたり、旧館の入り口にアボリジニのルーツがある作家のモダンアートを展示したりと包摂を表現しています。

当日は日本語のガイドツアーに参加し、ガイドさんに声をかけたところ「お茶でもしませんか?」と誘っていただき、美術館の学芸員さんと一緒にオーストラリアのアート活動についてお話を伺うことができました。

メンタルヘルスサポートを行うBlack Dog Instituteと連携して、不安を抱えるこどものためのアート鑑賞プログラム認知症の方向けのプログラムも実践しているとのこと。ほっちのロッヂや、東京都美術館の活動でも、活かせることがありそうです。

権威的な本館の入り口には、先住民族にルーツがある現代アーティストの作品が飾られています。
“Art for All”を謳った、モダンな別館。こちらにはアボリジナルアートの展示スペースがあります。
ボランティアの方とキュレーターさんと。

・若手医師とのネットワーキング

国際学会の一番の楽しみは、連日の交流会とネットワーキングです。
4年ぶりに会うイギリスやインドネシアなどの家庭医の友達と会い「年取ったね」「白髪も増えた(笑)」「4年も経つとみんな偉くなるね」などあれこれ話しました。新しい世界の仲間との出会いも。
プライマリケアについて、国際学会で仲間と出会うことは、家庭医療という根っこの価値観で、言語や文化を超えて語り合えること、アイデンティティを実感できることにつながります。数年ぶりの感覚で、やっぱり家庭医療が好きだと改めて誇りを持って感じられる時間でした。

国際学会は、世界中の家庭医の仲間と触れ合えることが一番の楽しみ。

最後にー国際学会のアクセシビリティ

英語へのアクセス(個性の強いオーストラリア英語もあり、聞き取れない・議論メインの学会では同じ土俵に立てない悔しさは相変わらず感じました)、参加費用(若手医師で10万円弱、一般医だと20万近くになります)、数日間職場を空けられる環境など、国際学会そのものへのアクセシビリティには課題もあります。
参加できること自体が特権性を持っている部分があること、言語的なバリア、情報や機会へのアクセスの不均衡についても改めて考えています。
それでも久しぶりの海外学会は、この4年間で自分の中で見えにくくなっていた多様な文化への関わり、家庭医としての誇りを、ぐっと思い出させてくれる時間でした。
これからもっと咀嚼して、自分の身にしていきたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?