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レポート:成人発達理論で紐解くソース・プリンシプルの核心−「30 Lies About Money」の本質を探る−

今回は、『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』提唱者ピーター・カーニック氏(Peter Koenig)の来日企画の1つである、『成人発達理論で紐解くソース・プリンシプルの核心−「30 Lies About Money」の本質を探る−』と題されたイベントのレポートです。

本企画は株式会社アントレプレナーファクトリーの主催で開催されました。

ピーター曰く『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』の成立にはお金(マネー)という社会システムが大きく影響しています。

また、今回のピーターの来日企画は著書である『30 Lies About Money』のプレイベント、という位置付けも為されています。

今回のイベントは、成人発達理論の研究者でありビジネス領域での実践家である鈴木規夫さん(Integral Vision & Practice)をお招きし、ピーターに対して成人発達理論の視点から「お金(マネー)」「人の創造性とお金(マネー)の関係」について問いを投げかけていく、という形式で進められました。


ソース原理(Source Principle)とは?

ソース原理(Source Principle』とは、イギリス人経営コンサルタント、コーチであるピーター・カーニック氏(Peter Koenig)によって提唱された、人の創造性の源泉、創造性の源泉に伴う権威影響力創造的なコラボレーションに関する洞察を体系化した知見です。

不動産業界で成功したビジネスマンとしてキャリアを進んでいたピーター・カーニック氏は、クライアントたちとの交渉の中で相手側が不合理な判断・意思決定を行う場面を目にしてきたといいます。

このことをさらに突き詰めていくと、「お金と人の関係」がビジネスにおける成功、人生の充実に大きく影響していることに気づき、ピーターによる「お金と人の関係」の調査が始まりました。

その後、お金に対する価値観・投影ついて診断・介入できるシステムであるマネーワーク('moneywork')が体系化され、その過程でソースワーク(Source Work)が副産物的に生まれてきたとのことです。

マネーワーク('moneywork')は自身の内面を扱うインナーワークに比重が置かれており、ソースワーク(Source Work)はアイデアを実現するためのアウターワークに比重が置かれていると言います。

(ピーターの「お金と人の関係」の研究及びマネーワーク('moneywork')については、以下のインタビュー記事もご覧ください。)

ソース原理の国内における広がり

日本においてのソース(Source)の概念の広がりは、『ティール組織(原題:Reinventing Otganizations)』著者のフレデリック・ラルー氏(Frederic Laloux)によって初めて組織、経営、リーダーシップの分野で紹介されたことが契機となっています。

2019年の来日時、『ティール組織』著者フレデリック・ラルー氏によって組織、経営、リーダーシップの分野で紹介されたことが契機となって初めて知られることとなったソース原理(Source Principle)。

フレデリック・ラルー氏もまた、ピーター・カーニック氏との出会い、彼からの学びを通じて、2016年出版のイラスト解説版『Reinventing Organizations』の注釈部分で記載している他、『新しい組織におけるリーダーの役割』と題した動画内で、このソース原理(Source Principle)について言及したということもあり、国内で注目が集まりつつありました。

その注目度の高さは、本邦初のソース原理に関する書籍の出版前、昨年8月にトム・ニクソン氏の来日が実現する、といったことからも見てとれます。(オンラインでのウェビナーの他、北海道・美瑛町、東京、京都三重屋久島など全国各地でトムを招いての催しが開催されました)

2022年10月、ピーター・カーニック氏に学んだトム・ニクソン氏(Tom Nixon)による『すべては1人から始まる―ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』が出版されて以降も、ソース原理(Source Principle)に関連したさまざまな取り組みが国内で展開されています。

今年4月にはソース原理提唱者であるピーター・カーニック氏の来日企画が実現し、システム思考・学習する組織の第一人者である小田理一郎さんや、インテグラル理論・成人発達理論の研究者である鈴木規夫さんとの対談、企画の参加者との交流が活発に行われました。

日本での流れに先立ち、ソース原理(Source Principle)が世界で初めて書籍化されたのは、2019年にステファンによる『A little red book about source』のフランス語版が出版された時でした。

その後、この『A little red book about source』は2020年に英訳出版され、2021年3月に『すべては1人から始まる』の原著であるトム・ニクソン著Work with Sourceが出版され、本書が『すべては1人から始まる』として日本語訳され、英治出版から出版されました。

『すべては1人から始まる』は日本の人事部「HRアワード2023」の入賞も果たし、ビジネスの領域においての注目も高まっていることが見て取れます。
このような背景と経緯の中、ソース原理(Source Principle)の知見は少しずつ世の中に広まりつつあります。

ソース(Source)とは?

トム・ニクソン『Work with Source(邦題:すべては1人から始まる)』を参照すると、ソース(Source)とは、1人の個人が、傷つくかもしれないリスクを負いながら最初の一歩を踏み出し、アイデアの実現へ身を投じたとき、自然に生まれる役割を意味しています。

The role emerges naturally when the first individual takes the first vulnerable step to invest herself in the realisation of an idea.

Tom Nixon「Work with Source」p20

An individual who takes the initiative by taking a vulnerable risk to invest herself in the realisation of a vision.

Tom Nixon「Work with Source」p249

ステファンの書籍においては、この役割を担うことになった人について、特に「ソース・パーソン(source person)」と呼んでいます。

A source is a person who has taken an initiative and through that has become the source of something: we can call this a "source person".

Stefan Merckelbach「A little red book about source」p17
Stefan Merckelbach「A little red book about source」
Tom Nixon「Work with Source」

トム、ステファンの両者が著している様に、ソース(Source)は特別な人だけがなれる役割ではなく、誰もがソース(Source)である、というものです。

アイデアを実現するために一歩踏み出すことは、社会を変えるような大きなプロジェクトの立ち上げに限りません。

友人関係や恋人関係、夫婦関係などにも、誘ったり、告白したり、プロポーズしたりと主体的に関係を結ぼうと一歩踏み出したソース(Source)が存在し、時に主導的な役割が入れ替わりながらも関係を続けていく様子は、動的なイニシアチブと見ることができます。

さらに、自身の研究課題を決めること、就職を思い立つこと、ランチを作ること、休暇の予定を立てること、パートナーシップを築いていくこと等、日常生活の様々な場で誰しもが何かのソース(Source)として生きていることをトム、ステファンの両者は強調しており、日常生活全般にソース原理(Source Principle)の知見を活かしていくことができます。

This applies not only to the major initiatives that are our life’s work. Every day we start or join initiatives to meet our needs, big and small.[…]Whether it’s making a sandwich or transitioning to a zero-carbon economy, we start or join initiatives to realise ideas.

Tom Nixon「Work with Source」p30

We take initiatives all the time: deciding on a particular course of study, going after a certain job, starting up a business, planning a special dinner. I can initiate a friendship or partnership, change my housing situation, make holiday plans, decide to have a child. Or I might step forward to join a project sourced by someone else.

Stefan Merckelbach「A little red book about source」p17

鈴木規夫さんについて

ティール組織とインテグラル理論

一般社団法人Integral Vision & Practice代表理事である鈴木規夫さんとのご縁は、私が『ティール組織』という組織、経営、社会に関するアイデアを探求してきたことがきっかけでした。

フレデリック・ラルー著『Reinventing Organizations』は、日本では2018年に『ティール組織』という邦題で出版され、500ページを超える大作でありながら、2023年現在では10万部を超えるベストセラーとなりました。

本書の中でラルー氏は人類誕生以来の組織構造の変化の歴史を、思想家ケン・ウィルバー(Ken Wilber)の意識の発達理論・インテグラル理論(Integral Theory)を用いて説明していたため、より良い組織づくりのための研究領域として成人発達理論と呼ばれる領域によりスポットが当てられるようになりました。

そして、『ティール組織』出版以降、国内ではケン・ウィルバーの絶版本が再度出版される、新たな邦訳本が出版される等、発達理論および意識の変容に関する書籍が相次いで出版されました。

このような流れの中で、2011年の時点でインテグラル理論および意識の発達段階を対人支援・ビジネスの領域で活用する書籍『インテグラル・シンキング』を出版されていたのが、鈴木規夫さんでした。

『ティール組織』出版以降、いわゆる成人発達理論がビジネスの領域に広く紹介されるようになり、安易に人を測定する物差しとして活用される危険性も高まりました。

このような中、鈴木規夫さんはケン・ウィルバーに限らず、ロバート・キーガン(Robert Kegan)ザッカリー・スタイン(Zachary Stein)、スィオ・ドーソン(Theo Dawson)、スザンヌ・クック・グロイター(Susannne Cook-Greuter)といったさまざまな学派、流派に属する研究者たちや研究・実践の潮流を踏まえつつ、実際に対人支援の領域で成人発達理論を活用するとはどういうことかについて、2021年に著書を出版されました。

上記のような背景も手伝い、私自身も理解を深めていくために読書記録としてまとめています。

社会の意識・構造と成人発達理論

『インテグラル理論』を提唱したケン・ウィルバーをはじめ、意識の発達段階の研究者の多くが、ある集団、ある組織、ある社会における慣習・文化・意識段階が個人に対して大きな影響を与えていることを言及しています。

私自身もまた、『ティール組織』に端を発した人の意識について探求を進めているうちに、人々を取り巻くより大きな構造……産業構造、政治、経済といったものが人の意識に及ぼす影響について理解を深めていく必要性を感じていました。

日本において、いち早く『ティール組織(Renventing Organizations)』の潮流を海外から伝えてくれた先駆者であり、『実務でつかむ!ティール組織』著者の吉原史郎さんもまた、鈴木規夫さんらとの親交を深める中で同様の問題意識に直面されたのかもしれません。

吉原史郎さん鈴木規夫さん、加藤洋平さんの鼎談企画である『成人発達理論とティール組織 各分野の専門家による対談〜Reinventing Civilization 「文明の再発明」に向けて〜』は、まさに人や組織を取り巻く「文明そのもの」について再考しようという意図から開催された、と認識しています。

この3名による鼎談の中でも、社会の構造お金(マネー)というシステムについて議論が交わされ、その中で韓国出身ドイツ在住の哲学者ビョンチョル・ハン(Byung-Chul Han)による文明論『疲労社会』『透明社会』が、加藤洋平さんから紹介されました。

これらの書籍は、現代社会が抱える病理をお金、資本主義、情報社会といった観点からビョンチョル・ハン(Byung-Chul Han)氏が洞察したものです。

出版社・花伝社のnoteにて著者紹介・訳者あとがきが一部公開されていましたので、よろしければそちらもご覧ください。

マネー(お金)×成人発達理論

以上、前書きが長くなってしまいましたが、このような背景で私は今回のイベントにたどり着きました。

以下、当日のピーター・カーニック氏と鈴木規夫さんのやりとりの中で話された内容について紹介します。

お金の研究を始めたきっかけは?

まず、ピーターがお金の研究を始め、『30 Lies About Money』を書くに至った背景について、鈴木さんが尋ねられました。以下、ピーターから伺った話です。

ピーターは1980年代にボストンを拠点に世界のビジネスにおけるトップリーダーたちを対象にリトリートプログラムを実施するといった、コンサルティング、支援をしていたと言います。

その場で出会ったトップリーダーたちがいざ、プログラムから日々のビジネスへ戻っていくとなった時、その後に目覚ましい成果を上げている方がほとんどいなかったというのです。

ここで、『お金と人の関係』がビジネスにおける成功、人生の充実に大きく影響していると着目し、このテーマに関する調査が始まりました。

お金と人との関係を扱うことで生まれるインパクトに可能性を感じた、とのことです。

当初、インタビュー調査を始めて6ヶ月程度で終了するかと思われたようですが、自分たちが想定したよりもタブーを扱っていると気づき、調査が長引きました。

その後、1993年までに一般の人々に対しても活用できるくらいに、お金について診断・介入できるシステムを体系化することに成功し、2001年に『30 Lies About Money』の執筆を開始、2003年に上梓できたとのことです。

お金はなぜタブー視されるのか?

続いて鈴木さんは、ピーターに対してなぜお金はタブー視されるものになってしまっているのか?について問いを投げかけました。

以下、ピーターはこんな風に答えてくれました。

子どもたちはお金との関係について、親から無意識に学びます。そして、その親もまた親からお金について学ぶわけですが、これを遡ると今から350年ほど前に作られた金融システムに行きつきました。このシステムは今や経済や社会の当たり前になってしまい、人々は何も感じなくなってしまいました。水槽の中の魚が水槽そのものや、自分が泳いでいる水の水質に何の疑問も持たないのと同じような状態です。

例えばここには一万円札がありますが、この紙は普通の紙には感じないようなものを私たちの中に掻き立てます。それは、自分が目を背けたいものをお金に対して投影(projection)してしまっているのです。自分が目を背けたいと感じ、抑圧してしまっているものをユングはシャドウ(shadow)と呼びます。しかし、お金とそれに対する投影は、集団的・社会的に役に立っていました。だからこそ、タブー視されるようになってしまったのではないでしょうか。

私たちはお金について、「お金とは安全を保障するものだ」「お金とは選択の自由を与えてくれるものだ」と投影することがあります。ポジティブなイメージですね。しかし、それは裏を返せば「お金がなければ」叶うことはないということです。

また、「お金とは汚いものだ」「お金はトラブルの元だ」とネガティブなイメージを投影することもあります。そして、ポジティブであれネガティブであれ、それは無自覚に、無意識に自己強化されてしまうものです。

お金との関係を扱うとき、それがポジティブであろうとネガティブであろうと「あなたにとってお金は何ですか?」と問われた時に出てきた答えを自覚してもらうところから始まります。そして、人々が何かに投影し、自分に統合しきれていなかったものを取り戻す「Reclaiming(取り戻し)」を行います。

マネーワークとソースワーク

お金と投影について扱った後、鈴木さんはピーターに改めてお金と『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』の関係について尋ねました。

ピーター曰く、マネーワーク('moneywork')とは自身の内面を扱うインナーワークに比重が置かれており、ソースワーク(Source Work)はアイデアを実現するためのアウターワークに比重が置かれていると言います。

マネーワークによって自身とお金との関係を扱うことは、最も迅速に自分の中のシャドウに向き合い、投影から自由になっていくことを助けてくれます。やればやるほど、自身の成長が促され、外界への対処法も身につくと仰っていたのが印象的でした。

ソースワーク、『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』は、外側から押し付けられるのではなく、内側から湧き出てくるものをいかに実現していくかについて扱っている、とピーターは話していました。

こうして考えると、マネーワーク、ソースワークは2つで1つのような位置付けにあるように感じました。

ピーターによる紹介・推薦

最後に、メッセージに加えてピーターからはコミュニティやイベント等の紹介がありました。以下、ご紹介します。

循環グローバル探求コミュニティ

循環グローバル探求コミュニティは、吉原史郎さんが発起人となり立ち上がったコミュニティです。

350年前に生み出された金融システムは産業革命期などとも重なりがありますが、それはリニア(直線的)なプロセスであり、さまざまな形や用途で資源が配分されていく自然のプロセスとは異なる、とピーターはお話ししていました。

そのような中で、「いのちの循環」という考え方を大切にし、土や畑、自然と触れることと人々のつながりを広げようと取り組まれているこのコミュニティを紹介いただきました。

循環グローバル探求コミュニティのメンバーは、来日中のお茶会と題された一連の企画・運営などにも参加されています。

バーバラ・クンツ氏(Barbara Kunz)

参加者の1人の「ピーターの同僚やパートナー、仲間の誰かの中で、是非日本に紹介したい方は誰ですか?」という質問に対し、「それは、私のパートナーであるバーバラですね!」とお返事が返ってきました。

バーバラ・クンツ氏は、ピーターの人生のパートナーでもあり、ビジョンプロセスの専門家です。

左脳的な思考・頭だけではなく、身体感覚を扱いながら、ソースとして実現したいビジョンを描くことに優れた人物だと、紹介をいただきました。

バーバラさんの紹介によって「私の身内だから紹介したい!ではないですよ?笑」というピーターのお茶目さも感じることができました。

J.Creation-Create your Masterpiece

「日本にヨーロッパの仲間を紹介するだけではなく、日本からもヨーロッパに来てほしいですね!」とピーターから紹介されたのが、2023年6月にギリシャで開催予定のJ.Creation-Create your Masterpieceというプログラムです。

このプログラムは、ピーターから『Source Principle(ソース・プリンシプル / ソース原理)』を学び、共同でプロジェクトに取り組んでいるアレクサンダー・インチボルト氏(Alexander Inchbald)によるプログラムです。

このプログラムには、ピーターだけではなく日本からも吉原史郎さん、ティール組織解説者である嘉村賢州さん(オンライン)が、コーチとして参加予定とのことです。

また、アレクサンダー・インチボルト氏(Alexander Inchbald)については、以下のまとめも参考までにご覧ください。

さらなる探求のための関連書籍

「人の器」を測るとはどういうことか 成人発達理論における実践的測定手法

成人発達理論から考える成長疲労社会への処方箋

In Zukunft ohne Geld?: Theoretische Zugaenge & gelebte Alternativen

Theology of Money (New Slant: Religion, Politics, Ontology)

Capitalism and Religion: The Price of Piety

さらなる探求のための参考リンク

ピーター・カーニックさんとの対話:Norio Suzuki Blog

https://norio001.jugem.jp/?day=20230411

学習する組織の第一人者とソース原理提唱者の対談から見えた意識の変容、システムの変革の起点とは?

レポート:ソース・プリンシプル&マネーワークの提唱者のピーター・カーニック、ビジョンワークのバーバラを迎えて、吉原史郎さんと探究する学びの場

2024年4月開催!「人の器」を測るとはどういうことか|オットー・ラスキー著『「人の器」を測るとはどういうことか』(JMAM)出版記念イベント


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