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令和源氏物語 宇治の恋華 第七章「恋車」解説・前編

みなさん、こんにちは。
『令和源氏物語 宇治の恋華 第百五十一話』は5月17日(金)に掲載させていただきます。

本日は、第七章「恋車」の章を解説させていただきます。


薫の想い

まことの父とも慕った八の宮様が亡くなったことは薫には大きな悲しみをもたらしました。
しかしそれと同時に最後に宮様が姫との結婚を許してくれたことで明るく愛に満ちた未来を夢想するのです。しかし父を亡くしたばかりの喪中の姫君に公然と言い寄るのは憚れらる。薫はそのようにいたって生真面目で常識のある若者でしたので、じっと胸の内にその想いを秘め続けます。
できれば大君と共に八の宮を亡くした悲しみを分かち合いたいと考える心優しい君なのですが、姫の心を尊重しようと自制するのです。
この恋車の章で物語は大きく動き出します。
そして薫は初めて己の気持ちを大君に明かすのですが、大君は動揺して薫を慕う心を示してはくれません。
大君にあしらわれて、男として認められていないということに薫の自尊心は深く傷つけられたのでした。しまいには妹の中君を娶ってほしいとはどうした心情なのか理解できないのです。
薫は父と母の道ならぬ恋のすえに生まれ落ちた自身を厭うております。そして誰よりも恋の恐ろしさに慄く若者です。理性では抑えられぬ恋心を抱きながら、必死にそれに耐えるのはひとえに愛する大君を慮ってのこと。
いつしか夢見た大君との未来は遠のき、いつまでたっても大君には打ちのめされるばかり。思い切ろうにもできぬもどかしさに身を捩るのでした。

大君のためらい

頼りの父が亡くなったことで、大君は顧みられることのない現実に愕然としました。山の阿闍梨の便りはうれしくも、言葉を交わしたことはありませんでしたし、薫君の庇護を失っては生活にも困窮する有様です。
そんな矢先にふと漏らされた薫の恋情は大君の心を大きく揺さぶります。
それは女として素直にうれしいという薫を慕う心と鏡に映るやつれて盛りを超えた女の惨めな姿をさらしたくないという惧れ。
愛を知らぬまま年頃を過ぎた女人には、その愛に身を投じるということができませんでした。
大君はいわゆる「こじらせ女子」ですね。
自分よりも美しく気立てのよい妹ならば薫君も満足するに違いない、などと真剣に考えるイタイ姫です。それは薫の心ならず妹の気持ちも無視して、暴走するのです。それでいて薫の姿を見れば他の女性には渡したくない、という気持ちが湧きおこり、薫とは昔から縁があるようである老女の弁の御許にさえ嫉妬する始末。
なんだかんだと言い訳して、賢い風を装い薫を傷つける無神経なところがあると思います。
この章を書くときに私は大君の心情がまるで理解できませんでしたので、「こじらせ女子」と位置付け、そうした小説や漫画を読みました。
どこれもこれもイタくて、「どうしてそうなる?youのブレイン?」となるように大君を描くことにしました。
ある意味とても苦労した章であるといえましょう。

弁の御許の願い

原作をご存知の方はいろいろと私が創作していることにお気づきになるでしょう。弁の御許の半生というのも私が創作した部分であります。
弁の御許は薫の幸せを願い奔走する役回りですので、どうしてそこまで肩入れをするのか、という部分をしっかりと描かなければ物語に深みがでないと考えました。実際に弁の御許は柏木の絶筆を薫に渡す役目であり、薫の苦悩を知るただ一人の人物です。
これから登場する浮舟との縁結びもしてくれる重要なキャラクターですね。
御許は大君の心を薫へとつなごうと必死に世の常の事などを説きます。
そして薫はけして八の宮の遺言を違える人ではないので、生活に困ることはないゆえ、想う心がなければ薫を翻弄するなと戒めるのです。
それでいて大君の女心もわからなくもない、というのは辛い役どころですね。弁の御許は年長者ですから、姫君達の世間知らずなところを鼻白むこともありますが、薫が大君を望むのであればそうして幸せになってほしいという純粋な思いがそこにはあるのです。
物語とはこうしてさまざまな登場人物が伸び伸びと思うがままにあることで奥行きがあるのだな、とつくづく感じます。
薫の側近で乳兄弟の惟成も私の創作の人物ですが、こうした者たちが主人公に共感したり、傾倒したり、それぞれに感情を豊かにすることで面白味を増してゆくと思います。

明日も第七章「恋車」について解説させていただきます。



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