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令和源氏物語 宇治の恋華 第百四十三話

 第百四十三話 浮舟(七)
 
薫は多忙なうちにも合間を縫って宇治へと通っております。
会えぬ時は一月も空いてしまうこともありますが、浮舟は恨み言ひとつ言わずに迎えてくれるのがやはり高貴な血筋のおっとりさであると益々惹かれずにはいられません。
浮舟もようやく落ち着く場所ができて常陸の守の邸に居る時のような肩身の狭い息苦しさから解放されておりました。
京暮らしができるとはしゃいでいた若い女房たちには気の毒ですが、この開けた空間にある山荘は居心地がよいものです。
薫がいつでも気の利いた贈り物や美しい調度品、装束、炭なども送ってくれるので何不自由なく気儘に暮らせるのでした。
何より有難かったのは、薫が密かに浮舟の母君に事の次第を伝えてくれたので、なかなか会うことはできないものの手紙のやりとりが出来るようになり、浮舟の尤も大きな懸念は霧消したのです。
二条院の姉上にも手紙を送って元気なことを知らせることができましたし、心安らかに過ごすうちにもその年は暮れてゆきました。
 
さて、八の宮の姫であり浮舟の姉の中君はといいますと、もうけた若君が玉のように美しくあるもので、匂宮の御心は揺らぐことなく六条院の左大臣の姫にも圧されぬような寵愛を得て平穏な日々を過ごしておられます。
匂宮は相変わらず少しでも美しい女房などを見ると素通りできない性質でありますが、そうした浮気も一時的なものであると鷹揚に構えるようになりました。
それはもちろん心中穏やかではありませんが、いちいち目くじらを立てると余計に夫は臍を曲げることですし、通りすがりの病のようなものでいつのまにやら冷めているといった具合なのを仕方のないご気性と半ば諦めているのです。
それにしても中君はやはり浮舟が羨ましいという気持ちが無くなりません。
薫君は昔と変わらずに二条院に参上し、後見たらしく気配りを怠らず、優しく労わってくれます。
若い娘時代とは違い中君も分別がついてきたもので、いつまでも浮足立って落ち着かない夫を見るたびに薫の風格が増して重々しくなるのをやはりこの君と結ばれていたならば浮気がらみの気苦労はなかったであろうと考えられるのです。
浮舟が大切にされているのも想像に難くなく、女人の幸せとはやはり殿方に左右されるものだ、と己の宿縁の拙さを思うのでした。
せめてあの大君とよく似た妹が幸せになってくれればそれでよい、と薫の為にも考える中君なのでした。

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