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角田光代による「愛」の描写 ―小説『愛がなんだ』を例に―

2019年4月に書いたエッセイ『愛がなんだ』が好きなんだ。、想像していたよりはるかにたくさんの人が読んでくださり(なんと今泉力哉監督まで……!)、このうえなく愛が報われました。本当に感無量です。

読んでくださった皆さま、感想を伝えてくださった皆さま、ほんとうにありがとうございます。

映画『愛がなんだ』公開記念のトークイベントに参加した際、原作が好きすぎて大学の卒業論文のテーマにした旨をお話しすると、その場にいらした方たちから「ぜひ読んでみたい!」とたくさんのお声をいただきました。

また、エッセイ公開より約一年が経過した今もなお、読みたいとのお声を寄せてくださる方がちらほらと……!

それがほんっとうにうれしくて、ちゃっかりしっかり真に受けましたので、このたび有料にて全文公開するにいたりました。
(え、今更? って感じですよね、わかる。
白状すると、途中で編集に力尽きて下書き保存に放り込んでしまってました)

論文のタイトルは「角田光代による「愛」の描写
―小説『愛がなんだ』を例に―」

28,000字超の大作です。

映画をきっかけに『愛がなんだ』を好きになった方はもちろん、原作ファンの方、角田光代さんのファンの方の目にも留まれたなら、それほどうれしいことはありません。

※本論文の総括にあたる第5章・第6章の一部は、『愛がなんだ』が好きなんだ。の後半で公開しています!
ぜひ、ご購入検討の一助としてお役立てください。

※また、自由度の高いゼミに所属していた&性癖をおもしろがってくれる教授につけたおかげでわたしは運よく卒業することができましたが、これから卒論を書くみなさんの参考にはまずならないと思うので、予めご了承ください。

第1章 はじめに

1.1 研究の背景

直木賞作家・角田光代は、私がもっとも尊敬する人物の一人である。
壮大な事件ものからママ友同士のリアルな関係を描いたもの、ささやかな日常を丁寧に描き出したものに至るまで、さまざまなテーマの作品を見事な筆致で書き上げる彼女の才能には尽きるところがない。

そのような多様な作品の中でも、とりわけ彼女らしさが際立つのは「愛」にまつわる物語であると感じている。
それも計算尽くの周到な愛ではなく、一途さゆえに空回りしたり、格好悪い自分をさらけ出してしまうような「愛」である。

誰かを好きになったことがある人ならば共感せずにはいられないような生々しい感情や、思わず目をそらしたくなってしまうほどリアリティに溢れた恋愛のあれこれにまつわる描写は、角田光代を角田光代たらしめている特徴であるといっても過言ではない。

そのような「愛」の形の集大成とも言える作品が、本論文で取り上げる小説『愛がなんだ』である。以下に、簡単なあらすじを紹介する。

主人公のOL・テルコは、マモちゃんに出会って恋に落ちた。
出会った当初は、テルコのことを憎からず思っているような態度をとっていたマモちゃんだったが、二人の間で交際が始まることはついになかった。

ほどなくして、「気まぐれにテルコを誘うマモちゃん」と「何を差し置いてもマモちゃんを優先して飛んでいくテルコ」という関係性が出来あがってしまう。
そのような状況にもかかわらず、テルコはマモちゃんへの想いをどんどん加速させていく。

ある時、テルコはマモちゃんからすみれという女性を紹介される。
どうやらその女性はマモちゃんの片思い相手らしいと気が付いたテルコ。そこからテルコとマモちゃんの関係はさらにねじれていき、ラストシーンでテルコは衝撃の決意をするのだった。

「何を差し置いても」の具体例としては、「仕事」そして「テルコ自身の生活」が挙げられる。

マモちゃんから連絡が来たら業務そっちのけで長電話をし、食事に誘われれば終業前にこっそり会社を抜け出し、急に決まったデートの日には会社を無断欠勤する。

また、風呂に入っている最中であってもマモちゃんからの電話に飛びつき、深夜であろうと呼び出された場所にタクシーで駆け付ける。
電話に出ないマモちゃんの所在を確認するため、自宅まで赴いて部屋の明かりをじっと見つめていたりもする。

一般論を鑑みれば、テルコの行動の数々は「異常」「ストーカー」と判断されるのかもしれない。
しかし、本当にそうなのだろうか。私は、これらの行動を、彼女なりの「愛」の形であるとも言い換えられるのではないかと考えている。

テルコの思考や行動を通じて、角田氏が表現したかった「愛」とはいったいどのようなものなのか。また、マモちゃんやすみれといった他の登場人物の恋愛観は、どんなふうに描かれているのか。
セリフや状況の分析を通じて、考察していきたい。

1.2 研究の目的

角田氏の描く「愛」の形がもっとも顕著に表れていると感じている作品、『愛がなんだ』の分析を通して、登場人物たちのセリフや行動に込められた意図を考えることを、本研究の目的とする。
『愛がなんだ』の作品分析と併せて、角田氏の他著書や愛にまつわる先行研究の分析も行い、実体のない「愛」の在り方を自分なりに考察する。

また、未だ前例のないテーマを取り上げることにも意義があると感じている。
先行研究の絶対数が少ない小説の分析を行うとともに、「愛」という壮大なテーマにも切り込む視点は唯一無二のものであり、本ゼミにおける自由度を最大限に生かした研究となっている。

1.3 本論文の構成

第3章、第4章と続く本論に入る前に、まず第2章で角田光代の経歴とその著書について整理し、『愛がなんだ』の映画化に際して本人が行ったツイートも記載する。

そして、本論である第3章では、『愛がなんだ』以外の著書から角田氏の恋愛観を読みとくと共に、先行研究より抜粋した愛の定義について、テルコの恋愛行動と比較しながら論じる。

続いて第4章では、本論文のメインテーマである『愛がなんだ』の作品分析を行う。
その際、「テルコの性格分析」「登場人物別に見る恋愛行動」「テルコとマモちゃんの関係性を象徴する場面」という独自に定めた三つの観点から分析を進めていく。

第5章においては、本論を通して得た知見を考察し、愛についての持論を展開する。
最後に「おわりに」と題した第6章を持って、本論文を締めくくる。

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