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「世界一周?自分探しってやつ?(笑)」に対するささやかな反論

旅おたくの私だが、普段はあまり海外旅行の話をしないようにしている。それには2つの理由がある。

ひとつは、相手が聞きたくない話はしないという、コミュニケーションの基本によるものだ。誰かに話を聞いてほしいなら、SNSという便利なものがある。

もうひとつは「自分探しってやつでしょ?(笑)」と言ってくる人がいるからだ。このひと言が投げ込まれたとたん、会話を和やかに進めようという意欲はどこかへ消えていく。

この記事では、これまで飲み込んできた言葉たちをおなかの底から引っ張り出して、「自分探しってやつ?(笑)」に反論してみたいと思う。

「自分探しってやつ?」と言われる背景

まずは件の言葉が発せられる背景についてまとめる。

私は大学生のとき、休学して、約半年間の世界一周もどきをした。社会人になってからもたびたび海外に出かけ、渡航国数は70ほどになった。旅のスタイルはひとり旅が多い。

年齢と卒業年が合わないことや、趣味は何か、休みの日は……といった話の流れで、自然とこれまでの旅について話すことがある。

さらにここ数年、副業として旅行関係の仕事をいただいている。人生100年時代において、キャリアの話題は避けられない。どんな副業かと問われれば、話せる範囲で素直に話す。

要するに、旅が特別好きでない人に対しても、旅の話をする機会がたまにある。コミュニケーションの基本を遵守できない機会、と言ってもいい。

「自分探しってやつ?」に隠された3つの意図

「自分探しってやつ?(笑)」と言うときの相手の表情や声色から想像するに、その言葉は次のようなニュアンスを帯びているようだ。

①旅=自分探しに決まっている
②家族や友人、恋人との旅行のほうが楽しいよ?
③若い女性がひとり旅なんて……ねえ?

「自分探しってやつ?」への反論

3つの意図が大きく外れていないものと仮定して、自分なりに反論してみたい。

①「旅=自分探しに決まっている」への反論

旅(特にひとり旅や世界一周)=自分探しだと刷り込まれている人が多いように見える。

試しにGoogleの検索窓に「自分探し」と打ち込んでみると、「旅」がサジェストされた。この2つはGoogleも認めるほど相性のいい組み合わせなのである。

これに関しては否定しない。

ただし、自分探しの選択肢として旅が挙がるのであって、すべての旅が自分探しのためになされているとは言えないはずだ。

そのことを想像せずに、やや意地悪なニュアンスで「自分探しってやつ?(笑)」と相手にぶつけて反応をうかがうのは、それなりに失礼な振る舞いであると言って差し支えないのではないか。

【反論】
旅と自分探しは定番の組み合わせらしいですよね。それ以外の目的で旅している方に会ったことはないですか?

②「友人や恋人との旅行のほうが楽しいよ?」への反論

ひとり旅であることに引っかかるようで、「ひとり旅なんてつまらないはず。そんなものをわざわざするってことは……」という決めつけめいたものが透けて見えるパターンもある。これもまた個人の価値観である。否定はしない。

私だって、絶対に絶対にひとりで旅したいわけではない。誰かと旅する時間も好きだ。

他の人と一緒だからこそ体験できることもあるし、ひとり旅のときにだけ見えるものもある。それぞれ楽しい。これが、両方経験した上での持論だ。

【反論】
好みは人それぞれだし、もしかするとあなたも、ひとり旅をする日がくるかもしれませんね。

③「若い女性がひとり旅なんて……ねえ?」への反論

「若い」という表現の是非はおいておくとして、若い女性がひとり旅なんて……という本音をチラ見せしてくる方もいる。

そんなときは、机の下でこぶしを握りつつ、「それってあなたの感想ですよね?」と言いたいのをぐっとこらえることになる。自分の価値観を疑うことなくそのまま口に出すのはやはり危険だ、と確信する瞬間だ。

誰だって、好きなときに、好きなところへ、好きなスタイルで行く権利がある。

とはいえ、旅しやすいタイミングがあるのも確かだ。私自身、体力と時間に恵まれているからこそ遠い国にも躊躇なく行ける。

なお、自分の性別に関しては特に考慮していない。「危険だ」とおっしゃりたいのであれば「えっ、もしかして心配してくださってるんですか?」だし、「はしたない」「生意気だ」という雰囲気であれば、詳しくお話をうかがってみたいと思う。

【反論】
ご心配ありがとうございます!やりたいときにやりたいことができるこの時代、この環境に心から感謝しています。

「世界一周して人生変わった?」に対する率直な回答

自分探しってそもそも何なのだろう。

これまでさんざん旅してきた私でさえさっぱりわからないのだから、「旅は自分探しにぴったり」という世の中的な言説には、ほんの少しは疑う余地があるのかもしれない。

そう言うと、次に返ってくる言葉は120%正確に予想できる。

「やっぱり、世界一周して人生変わったの?(笑)」

答えはイエスでありノーだ。
なぜなら人生なんて、どんなふうに過ごしたって変わるものだと思っているから。

人間は一日あたり3万5,000回もの意思決定をすると言われている。そして、一つひとつの意思決定のたびに、私たちの人生は大なり小なり変化しているはずだ。

いつもと違うルートで帰るという小さな意思決定の結果、気になるお店を見つけて、新しい味に出会うかもしれない。それをきっかけに通うエリアが変わり、知り合う人の幅が広がって、リファラルで新しい職を得る……なんてことが起こる可能性だってゼロではない。これもまた、人生が大きく変わったと言えるのではないだろうか。

私にとって、世界一周もどきの旅に出たことは大きな意思決定だった。そしてその結果、出会う人が変わったし、見えるものも変わった。

だがそれは、質問者が想像するような変わり方ではないと思っている。

旅のない人生を選んでいたら、また別の人と出会い、別のものを見ていただろう。人生はA/Bテストできない。あちら側の人生を生きる私は、もっと大きな変化を経験し、華やかな道を歩んでいるかもしれない。

そんなことを考えつつ、私はこれからも自分探し以外の目的で旅をすると思う。自分探しのための旅に出る日だってやってくるかもしれない。

「自分探しってやつ?(笑)」とからかってくる人がいても、それはそれでかまわないと思うことにしよう。誰にどんな意地悪を言われてもお釣りがくるくらい、旅はいいものだ。

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