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元気でいろとは言わないが、日常は案外面白い

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作家による日記風エッセイ
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焼き菓子の香りに目を細め、幼少期の私が顔を出す

チョコレートが焼けた香りに、思い出は助長される 幼馴染と言われるような関係性の子がいた。誕生日は二日違い。近所の公園で出会ったその子は、瞬く間に一番の友達となった。 同じ幼稚園、何度も遊んで当時の私にとって彼女は最初の友人だった。 違う小学校に行き、それでも低学年の間は何度か遊んでいた。中学生に上がり私たちは別の世界を歩くようになった。用があれば話すけど、関わりはまるで他人のよう。そういうものだと思いつつ、当時のようには戻れないと少しの寂しさがあった。 ともかく、彼女

一生の後悔として、君に放った言葉と添い遂げるよ

「いつか、」 雨の強い日だった。席に座る彼の背景に曇り空が広がっている。電気のついていない教室には私たちしかいない。灰色の空と薄青のカーテン、濃い緑の黒板が白い壁と汚れた床に反射して、青灰色の色彩を放っていた。 一歩。また一歩とそちらへ近づく。彼は私に気づき顔をこちらへ向ける。私は椅子を引っ張り机の横につけて持っていたノートを開いた。 「これさ、」 何を話したかは分からない。ただ、どこにでもあるような他愛ない会話。思い返せないほど当たり前であった日々の欠片。今となって

唯一になりたかったのは必要とされないと価値が無いと思っていたから

君は僕の特別 誰かの何かになりたかった。唯一。替えの効かない存在。その言葉は酷く魅力的で、まるで月に手を伸ばすかのような感覚で求め続けた。 もがき、足掻き、苦しんで。誰かの何かになれない事に気づいた。自分はどこにでもいる何かで、替えはいくらでも効く、手は月に生涯届かない。 薄々気づいていた感覚が、脳天から直撃して脊髄を通り爪先まで充満した時、光のない場所で立ち止まった事を憶えている。無力感、世界へ唾を吐く感覚、降る雨は慈雨ではなく針のようにも思えた。 誰かの何かになり

10年後には忘れてるかもね

時間は残酷で時に優しくて、 忘れられない現実があった。いつしか思い出になり過去と化す。過去になるのが先か、思い出になるのが先かは、そこに込められた想いがあるか否かで変わると思っている。 思い出はまだそこにあって時折思い出しては懐かしむ気持ちが存在する。けれど過去は過ぎ去った時間だ。概念と心情。思い出す事が出来ても、想いが消えてしまった日にそれは過去になると、私は考えている。 消えると言うのも霧散するのではなく、水の中に溶かしたインクのように揺蕩い、その後濁った水が蒸発し

潮騒と青と幸せと自由を忘れていた一人

波打ち際に残した足跡は消えてしまうけれど 絶望的な運動不足により数時間の移動で筋肉痛が起きた。階段上り下り、スーツケースを何度も持ち上げ右腕が死んだ。同時に、自分に対し死ぬほど引いた。 嘘でしょ?君、このレベルの移動で筋肉痛になるの?笑えないよ?人生まだ続くらしいよ?今からこれってやばいよ?冗談止めようぜ……? 東京の片隅、用が無いと外出せずただ何にもならない文章を書き綴る日々。足元から腐っていく感覚がした。茶色く濁った水のように心は色を変え、折れた花のように身体は崩れ

この街は、オアシスのような砂漠で、砂漠のようなオアシスで

東京を離れる。 それを決めたのはここ数ヶ月の話。2年住んだマンションの更新通知が来る前、転職してフルリモートになり、インターネットさえあればどこでも仕事が出来るようになった。何となく、ここにいる必要はないなと思った。 ここに住み始めたのは前に勤めていた会社から近かったから。ただそれだけの話なのだが、東京という街へ来て何となく、どんなもんかと考えていた節があった。 東京という街はとにかく利便性がよく、電車に乗ればどこへでも行ける。休みの日に話題のスポットへ足を運ぶのも簡単

馬鹿みたいな時間に意味を見出すのが人生だと不意に思った

ずっとやりたかったことを、やりなさいと貴方は言った 自分にはこれしかないとしがみつき、報われない努力を重ね疲弊し全部終わらせたかった時間がある。迷走。人生で一番悲しかった事かと問われれば否と言うだろう。そもそも、一番悲しかった出来事なんて甲乙つけがたい。レベル的にはどれも同じような物である。 けれどこの二年は何十回も自分をゴミ屑だと嘆き、書き出した最初の一文を破り捨てるような日々だった。こうなりたい、こんな未来に辿り着きたい。最初に抱いた希望が何光年も前に死んだ星のように

爆発しても、散った残骸は美しいと信じている

爆弾みたいだなと思ったんだ 空に上がる火や色鮮やかな花、点滅するサーチライト、爆弾みたいなものの寄せ集め。百日紅の花が爆弾みたいだと語る人を知る前の話、散る花を爆弾みたいだと思った。 理由は分からない。ただ、爆発して散った物の名残が地面に落ちていると思った。実際花は爆発しないし、本当の意味で爆発しているのは空に上がった火花や何光年も先で既に死んだ星くらいなもので。けれど地面に散ったそれを、咲き誇り花盛りを迎えているそれより好きだったのは、どれだけ汚れても物の本質は変わらな

空の青さを知っている。他の誰でもない、自分の中にある色彩を

声にした。ペンを走らせるのではなく、唇を開いた。 人生が不条理の連続であると気づいたのは随分昔の事だ。願ったとて叶えられず、努力しても手に入らないものがある。初期ステータスは自分で決められるものではない。ただ、キャラクリ画面に自分が出てきたら、間違いなくステータスは振り間違えている。 15歳になるまでの長いようで短い年月は、私の人格形成を大いに狂わせたと振り返って冷静に考えても思う。このしょうもない15年間は私に、私である事を後悔させるような時間だった。 生きてるだけで

なんて、しょうもない日々に告げる。

泣いたふりをした 最後に泣き真似をしたのはいつだろう。多分子供の頃だと思う。遡る事20年前くらいだろうか、嘘泣きで人の関心を得られる時間はそう長く続かなかった。 どれだけ泣き真似をしても構ってはもらえない事に気づくのは随分と速かった。それが良いか悪いかは未だに分からない。ただ泣き真似をしようがしなかろうが、変わらないと気づいたのだろう。 平々凡々な人生、愛は平等に与えられず、嘘をついて関心を得ても欲しかった物は手に入らない。人間なんぞそんなものである。 それなりに大き

私の一番幸運な所は、

まだ遠くへ 数年前の事だったと思う。実家のベッドで目が覚めた。妙にすっきりしたような、納得がいったような気分だった。 見覚えのない氷山だった。入口には何故か鳥居。雲で隠れた頂上は見えない。ただ装備もまばらの人間たちが一心不乱に登っている。途中で足を止めた人、落ちる人、引き返す人。私は鳥居の前でそれを見ていた。 隣には母がいて、入口に立っていた住職らしき人が声をかけてくる。これを見てから登るか決めたらどうかと言われ史料館のような所に通される。私はそこを眺めてから一人で鳥居

僕らは金木犀の奴隷なのかもしれない

金木犀が増えるのは魅了された人間が堕ちていくからだ 隣町にかかりつけの歯医者がある。歩いて向かうのは電車代を浮かせたいからという理由ではなく、純粋に運動不足解消のためだ。信じられないくらい運動をしていないので、人間は程々に歩いた方が良い。そのうち一歩踏み出すだけで悲鳴を上げる身体になるかもしれないから。 道中金木犀の生垣がある。良く晴れた、秋晴れの空だった。淡い青が空高く、雲は薄っすらキャンバスの上に広がった絵筆のように伸びている。顔を上げれば木漏れ日の隙間から覗く青に、

結び目を解けば、いつも同じ場所に辿り着く

人は触れてきたもので出来ている 先週歩いた道に咲いていた彼岸花が枯れていた。ただ枯れているのではなく、鮮やかな赤が抜けるように白くなっていた。花弁の先に僅かな薄桃が残っている。茎は茶褐色、水分を失っていた。 彼岸花ってこう枯れるんだ。思わず足を止めた。咲き誇る姿しか知らなかったから、こんな風に色彩を失って枯れるなんて思わなくて、美しいと感じた。 だって真っ白になっていた。色水を吸わせて虹色に変わったカーネーションが、ただの水につけたら元の色に戻っていくのと同じように。繊

僕も君も、人間は足りない物ばかりで

多分きっとさ 彼岸花が咲いていた。気づいた時、そろそろ書けると思った。 毎年夏になるとバテる。いやバテというより色んな事が上手くいかなくなる。私はこれを、魔の期間、7月~9月と呼んでいる。 面白いくらい何をしても身にならず、何も叶わない期間である。何でそうなった?What?問いかけたいくらいには何も上手くいかない。さらに暑さが邪魔をして気分が下がる。そして創作意欲があるにも関わらず自己否定的になり書いても出さなくなる。 そう、負のループ期間なのだ。 もう四半世紀生き