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【講座レポート】「“ささはた”のまちで縁をつなぐ、TEN-SHIPアソシエーションが目指す地域共生のまちづくり」

支援制度の狭間にある社会課題があり、届くべき人に届かない支援があり、そもそも支援を拒む人もいる、そんな中で、地道に地域に寄り添い、支援を広げる手を休めない戸所さんの活動についてお話いただきました。聞き手は、戸所さんの活動をともに支え続ける左京さんに入っていただきました。

講師:
戸所 信貴(とどころ のぶたか)氏
 一般社団法人TEN-SHIPアソシエーション 代表理事
左京 泰明(さきょう やすあき)氏
 一般社団法人TEN-SHIP アソシエーション 理事
 一般社団法人マネージング・ノンプロフィット 代表理事

日時:2024年5月8日(水)13:30-16:00


実は多い、既存の支援では届かない地域の課題

戸所氏:もともと私は、建築関係で働いていました。両親の病気があったこともあり、20~30代の頃に社会のことを考えるようになり、超高齢社会に関する本を読んだりしながら、福祉の世界に飛び込みました。心臓が弱いので夜勤ができず、事務仕事ならと社会福祉士になりました。それから15年ほど地域包括センター勤務、最後はセンター長をさせてもらって、2019年に退職しました。その、地域包括支援センターでの経験がいまの原点です。

介護保険、高齢者施策などを勉強して熟知して、それぞれのケースに当てはまるサービスを案内していました。が、当てはまらないケースが多いことに3年ほどで気づきました。当てはまらないケースは地域でカバーすることになります。
また、支援しようとしても拒否されたり、門前払いされたりすることもありました。人との交流を拒む方がたくさんいたり、地域のサロンを開いても、来る人は来るが、来れない人、輪に入れない人はなかなか交流ができない。渋谷区民の8割は転居してきた人で、なかなか手が届かない人もいます。一番強く思うのは、孤独死についてです。
夏になって暑くなると、毎年孤独死の連絡があります。地域包括支援センターでできることの限界があると感じました。それが、今の活動の一番のきっかけです。

戸所氏:こういったいわゆるごみ屋敷の状況は、情報が入ったその方について対応しても、次から次に同じように大変な状況になってから回りが気づき都度対応していく、という繰り返しです。こういう状況になる前に支援したら対処もできるのではと思います。

左京氏:既存の行政支援も様々ありますが、どうしてセイフティネットから漏れる人がいる、手が届かない人が出てくるのでしょうか。必要な人自身が望まないというケースもあるということですが、支援側としてできないこともありますか?

戸所氏:支援機関であると、包括支援センターや区役所に相談が来てから対応するという仕組みが普通です。相談が来ないと対応しないし、気付きようがない。プライバシーの問題もあり、職員がアパートをまわる仕組みはありません。ただ、渋谷区では、民生委員さんが75歳以上の心配な人を訪ねるという仕組みがあり、それはとても有効だと思っています。自分たちから伺ってこちらから手を差し伸べて、傷つけない範囲で聞いていけます。

左京氏:既存の仕組みでたくさんのニーズはカバーできますが、そこでカバーできない課題がたくさんあり、この隙間を埋めなければと思っていました。でも、意外に、既存の仕組みではカバーできていないことの方が実は多いのではと、戸所さんのお話を聞いていた思いました。支援する側の限界というのは、課題ですね。

戸所氏:介護保険、ヘルパー、緊急通報システム・・などすごくいろいろあって、カバーできていると思われる方が多いですが、現場に行くと、そうでもありません。1日のうちに訪問できる時間は一回1時間程度、 掃除をするにも一部で、業務として掃除してはいけないスペースもあります。できるのは家全体ではなく自分が主に使っているスペースだけです。日常的に使っていないスペースの掃除や片づけなど、できないことがたくさんあります。障がい者の支援も然り、子育て世代も同じことでは。点のサービスでなんとかカバーしているのが現状です。

左京氏:そういった潜在的な課題を持つ方が、どれくらいいるのか。試算してみたのがこちらです。

戸所氏:わかるところを出しているだけなので漏れているところも多いと思いますが、これはアンケート結果から出てきた結果です。「困った」「どうしよう」と誰かに相談できるかどうかが一番のポイントです。複合的な課題を抱える世帯については試算しづらく、相談の33%は複合的な課題を抱えていると言われていますが、明確な数字にはできていません。渋谷区23万人のうち、1万人ぐらいは複合的な課題を抱えているリスクがあり、希望を諦めながら生活しているのではと思っています。

左京氏:どれくらい深刻か現状がわからなかったのですが、この集計をしてみて、かなりの数の人が課題を抱えていることが見えてきました。

挨拶からスタート、電球交換が、目指す支援の糸口に

戸所氏:商店街で、地域の方に声がけ、挨拶をすることからこの活動がスタートしました。「まちのお手伝いマネージャー」という名称で、もう1人の家族、もう1人のご近所さんを作る活動です。

江戸時代は長屋で助け合ったり、向こう三軒両隣、班、という仕組みも機能していて、助け合っていました。病気の人がいればみんなで助けるので一人暮らしもできました。
今は、隣にだれが住んでいるかわからなかったり、挨拶もしなかったり。都会であるがゆえの特徴があります。そんな中で、商店街の真ん中なら人が結構通るのでここで始めようと思いました。商店街が協力してくださり、商店街のスペースを借りて週3回。通る人に挨拶をしながら、何でもやっているボランティアですよ、と声をかけることからスタートしました。

この活動で、本当にしたいのは、お手伝いではありません。「困っています」とは言いにくいけれど、「電球を替えて」などなら頼みやすいと思ったのです。そこから福祉の専門家が接点を作れたら、気づきがあり、課題解決につながり、さらにほかの専門家にもつなげられます。
20人ぐらいのボランティアで活動しています。本業は福祉、看護、など様々です。

左京氏:これが実際の相談内容ですね。いくらでどんなお手伝いしているのでしょうか。


戸所氏:30分までなら300円、1時間まで600円です。一番多いのは電球交換、次はエアコンの掃除ですね。30分ぐらいのちょっとしたサポートなら頼みやすい、というところを目指しました。利益は出ないですが、300円なら生活困窮者の方でも頼めます。

左京氏:困りごとのお手伝いをして、そこでつながって関係性ができれば、何かあった時に支援できるということですね。

戸所氏:対応に困るケースについて相談する「制度の狭間検討会」も、仲間と開催しています。自分は高齢者の専門ですが、ほかの専門家である仲間と、複合的な課題を共有して解決方法を相談しています。

戸所氏:ほかにも、学生さんにも地域の困りごとを知ってもらいたい、発見してもらいたいと思い、社協さんに青山学院大学さんとつないでもらって学生さんの力も借りながら「地域共生のまちづくり」という活動も始めました。仕事の9割にもなるほど、すごい件数の草むしりの依頼があり、これが秋口まで続きます。対応可能な数を超えて断るとなると申し訳ないが、13人ぐらいの学生さんが草むしり隊として活動してくれて、依頼を断らずにすみました。

左京氏:学生とはいえ知らない人が来ることに、支援を受ける側の拒否反応をがあったりしないかと当初心配していましたが、どうでしたか?

戸所氏:孫のような学生が来てくれて、むしろ喜んでくれました。来年もよろしくね、と。
学生さんの側も、毎回参加してくれる人もいて、いい経験になった、誰かがこういう支援をしているということを知った、この経験を社会に役立てたいと就職していってくれました。

1つのベンチから始まった、地域の中での支え合い

左京氏:2月から「笹塚十号のいえ」もスタートしましたが、きっかけは何ですか?

戸所氏:「まちのお手伝いマネージャー」を3年ほどやってきた中で、十号いこいの場の前にベンチを1つ置いただけ、そこから始まりました。

そのベンチをきっかけに、いろいろなドラマがありました。決まった人が休憩に来たり、ふらっと立ち寄る人や、まちの中の派閥争いがあって仲裁した私が胸倉を掴まれたことも。

ある時、すごくおしゃべりな70代の男性が、みるみる痩せて体臭も明らかに臭くなったことに気づいたことがありました。心配だったので家に行ったり声がけしたり、失礼にならないように少しずつ情報収集して、本人に断って地域包括支援センターとつなげて見守りが始まりましたが、とうとう商店街のど真ん中で倒れて、立ち上がれなくなりました。それでも、余計なことするな、病院にも行かない、と。そんな時、地域包括支援センターの立場なら個人情報なので言えないのですが、自分は周りに言っていました、あの人心配だよ、と。すると、都営住宅の隣の人も見てくれるようになりました。
ところが、ある夏の暑い日、新聞が3つ溜まっていることに気づいて包括に相談したところ、鍵が開かず臭いもし、警察が入ったら、亡くなっていました。

今までと同じ、手が届かなかったかと思いました。
でも、考えてみたら、やれることはやったと思えました。亡くなってから1日2日で発見できた。いろんな人に声をかけられて心配されて、コミュニケーションを図って、手伝うよと言ってもらって。孤独死といえば孤独死で、いい孤独死があるわけではないけれど、彼は、死にざまを自分で選んだと思っています。介入できない立場ならここまでできなかったけれど、地域で見守れたと思います。
ベンチ1つがあったことで、起こったことです。

こういうベンチがいっぱいあれば、どんなことが起こるだろう。
そう思っていたところに、昨年5月に閉店した八百屋さんがあり、そこの娘さんが、このスペースを使って地域でいいことやってくれる人がいないか、なんなら八百屋もやってくれないか、と言っていたので、私にやらせてください、と言ってしまいました。言っちゃったからやることにしました。(会場笑い)

左京氏:そして、準備を始めて「笹塚十号のいえ」が2月15日にスタートしたわけですね。どんな手ごたえですか?

戸所氏:資金が無いので、まず、クラウドファンディングをしました。思った以上に協力いただきました。使っていない食器などの寄付もいただいたりしています。支える側のつもりでしたが、周りに支えてもらっています。

左京氏:まだ週3日の活動ですが、いろんなドラマがありますね。インスタグラムに日々の様子が上がっていますのでぜひご覧頂ければと思います。

20センチの支援から得る信頼

左京氏:こういった活動を続けてきての成果についてお伺いしたいと思います。

戸所氏:左はごみ屋敷状態の家の茶箪笥です。周りはゴミ。それを片付けるというと拒否されたりするのですが、引き出しだけ、次は左の扉だけと、毎回30分ずつきれいにしていきました。すると、自分で掃除をし始めたんですね。

これは一例ですが、だいたい皆さんそうです。最初は拒否されても、テーブルの20センチだけ掃除させてください、と続けていくとテーブルがきれいになって、お弁当が食べられるようになったり。そこだけ環境が良くなって、いいと思ってくれるのか、私が入ることを拒否されなくなり、ここも、と片付けも広がっていきます。そんな発見がありました。

この人もそのパターンです。30分ずつ片付けて、2年かけて右の状況まで畳が見えるところまで片付きました。片付ける中で年金手帳も見つかり、大家さんから出て行ってと言われなくなって、よかったね、と。

ずっと現場で、賛同してくれる仲間を増やして、地域活動のモデルになりたい

左京氏:2019年に戸所さんにお会いしてから4、5年の間で活動がずいぶん広がったなと思います。こんなイメージはしてましたか?

戸所氏:まったく。最初は資金のためにトラックの運転手になろうと申し込んだんですが、結果、運転手をしなくてよかったと思っています。
最初、地域のコミュニティカフェ「ささはたカフェ」を作ろうとして、3つの商店街、民生委員さんなどいろんな方とコミュニティカフェを始めたのがきっかけでした。それが10年前。今も、その仲間たちが支えてくれている。会社としては4年ですが、10年前のそこからがスタートでした。

左京氏:今後の目標を聞かせてください。

戸所氏:できればずっと現場のプレイヤーでいたいと思っています。ごみ屋敷を片付け続けていましたが、自分がやることだけで終わるのではなく、こういう気持ちや趣旨に賛同してくれる仲間を集めたいと思いますし、ささはたエリアだけでは足りないのでもっと充足させたい。課題が山積しているまちが都市部にほかにもあると思うので、地域の課題を解決できる仕組みとしてモデルになれるようになって、同じような活動をしてくれる人がたくさん出てきてくれたらいいと思っています。
まだまだ4年。十号のいえがどうなっていくかもわからないですが、一歩ずつ進めていって、広くつながっていけばいいと思っています。

司会:左京さんにとって、戸所さんとご一緒するようになったこの3,4年はいかがでしたか?

左京氏:私は、福祉については門外漢です。普段はシブヤ大学の運営など、NPOのマネジメントに関わる仕事をしていて、TEN-SHIPアソシエーションでも、経営の視点からファンドレイジングや広報などを担当する裏方です。戸所さんに2019年にお会いし、活動のイメージをお聞きし大変共感しました。そして、それをどのように運営するのかを尋ねるとご自身が別のアルバイトをして活動資金を稼ぐと。それは無理ですよ、というところが最初でした。

現在戸所さんが中心となって取り組むこのような活動は社会にとって絶対必要ですが、受益者などから簡単にお金が入ってくるタイプの仕事ではありません。なので、活動とのバランスを見ながら収入が得られる機会を見つけては、それをたぐり寄せてきました。中でも昨年末に十号のいえ設立のために実施したクラウドファンディングは想像以上の結果でした。クラウドファンディングは、想像より実際集めるのは難しく、且つ泥臭いものです。最悪の場合も想定していましたがふたを開けてみると、すごいスピードで、戸所さんや運営団体のつながりから支援が集まりました。中でも少なくない方々が、わざわざ現金を十号のいえまで持ってきてくださったことには大変驚きました。
地域の方々のそこまでの期待を背負ってスタートできたというのも、個人的に初めての経験でしたが、あらためて本当に必要なことをやっていれば、自ずと共感の輪が生まれ、協力や資源が集まってくるものだなと思いました。

戸所さんもそうですが、そういう活動をしている人に限って、あまりご自分では発信されない印象があります。ですから、私自身はあえてそれを社会に発信し、一層の共感や連携の輪が広がるきっかけを作りたいと思っています。結・しぶやでお話できたことも、その1歩だと思います。
ここにいる皆さんは、みんな同じ課題に向き合う仲間です。これからも力を合わせて、渋谷のまちを作っていければと思っています。


[講師プロフィール]
戸所 信貴(とどころ のぶたか)氏

一般社団法人 TEN-SHIPアソシエーション 代表理事
社会福祉士 介護支援専門員 ホームヘルパー

2007〜19年、渋谷区内の地域包括⽀援センターに勤務するかたわら、2015年から、笹塚・幡ヶ谷地区のコミュニティカフェ「ささはたカフェ」の運営に携わる。
2019年、一般社団法人 TEN-SHIPアソシエーションを創設し、日々精力的に地域づくりの活動に取り組んでいます。

▼一般社団法人 TEN-SHIPアソシエーション
https://tenship.org/
https://www.instagram.com/sasazuka10ie/