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タイムパトロールの倫理と過去改変の精神 ◆ 水曜日の湯葉124[4/17-23]

4月17日 水

藤子・F・不二雄TタイムPパトロールぼん』が Netflix でアニメ化することになり、そのPVが公開された。つまり今日は『T・Pぼん』の話をしていい日である。

「タイムマシンで過去を改変をしたらどうなるのか?」はSF業界最大の定番テーマだが、日本でもっとも有名なSF『ドラえもん』においてはこの設定が一貫していない。なにしろ連載期間が非常に長く、原作者の死後も新作が製作され、数ページの短編から映画まで多岐にわたるメディア展開がなされているためである。自分が確認している範囲ではざっくりと4パターンに分けられる。

  1. 改変した結果が最初から歴史に組み込まれている。「過去に戻って事件の犯人を捕まえようとしたら、自分たちこそが犯人だった」といったもの。オチがまとまりやすいので1話完結で多用される。

  2. 過去改変した結果で現在が塗り替わる。たとえば過去で祖先を殺すと子孫が消える。話のスケールが大きくなるので映画向け。『のび太のパラレル西遊記』のように自分たちが起こしてしまった過去改変を解決する物語もあれば、『のび太と鉄人兵団』のように積極的に使用することもある。

  3. 過去改変してもいずれ辻褄が合って同じところに行き着く。1巻1話でのび太の「自分の結婚相手をジャイ子からしずちゃんに変えたら、セワシが生まれなくなるのでは?」という疑問に対し、セワシがそう説明する。

  4. 過去改変によってパラレルワールドが発生する。登場するのは『のび太の魔界大冒険』のみ。過去改変で事件の原因を解決しようとした際に「パラレルワールドになるのよ」「それじゃ解決にならないじゃないか!」という会話に登場する。

パラレルワールド説は1回しか登場しないので、どちらかというと「今回の映画では過去改変は禁止ですよ」というメタ発言と見たほうがいい。このため、おおむね藤子F世界は1〜3のルールで動いていると推測される。

タイムパトロールが登場する作品は 2. のルールが採用されている(それ以外は、そもそも過去改変を取り締まる必要性がないため)。ここで頻繁に問題になるのは「そもそもドラえもん自身が、セワシの祖先=のび太という歴史改変を目的としているため、タイムパトロールの取締り対象なのでは?」という点だが、これは 3. から推測されるように、藤子F世界では歴史にある程度の復元力が存在し、それを逸脱した場合は逮捕されるという法整備がなされていると予想される。

つまり、藤子F世界における歴史は離島の生態系のようなもので、研究者が訪問してサンプルを採取する程度なら問題ないが、特定の種を回復不可能なまで乱獲したり侵略的外来種を持ち込むのは重罪、といった線引がなされていると思われる。石油を採掘する技術を得た現代人がCO₂排出に気をつかうように、過去を改変する技術を得た未来人が歴史の保護に気を使うのはごく自然な義務であるように思える。


さて、ここで問題になるのが人間の倫理である。一般的な社会通念では、助けることが可能な人間をあえて助けないことは悪とされ、「見殺し」という殺人の一種かのような物騒な名前が与えられている。脆弱な人間が厳しい自然界を生き抜くには、そうした相互扶助の精神が不可欠なのだろう。

ところが、この倫理観は科学技術の発展ときわめて相性が悪い。技術の進歩で「助けられる人間」が増えると、それがそのまま「助けなければならない人間」になってしまうからである。医療の進歩に伴う延命治療、尊厳死、医療費増大と世代間格差といったものはこの「見殺し」の倫理観にもとづいている。

とはいえ死んでしまった人間については現代技術ではどうしようもない。あとはご遺体の尊厳を損ねない程度の葬式をできるかどうか、という程度の話にしかならない。死は倫理という厄介な概念に対しちょうどいい線引を与えてくれる。

しかし、ここでタイムマシンが発明されると、その線引が崩壊する。これまで人類史で死亡した人間はおよそ1000億人と推定されるが、その全てが「助けられる人間」に該当してしまうのだ。過去改変じたいが不可能であれば問題ないが、(F世界では)歴史に影響を与えない程度の改変であれば許容されている。

『T・Pぼん』はそんな見殺しの倫理と時間遡行技術のジレンマを描いた物語である。主人公・並平凡とその相棒リーム・ストリームが自分たちの活動について「いないよりはマシ程度の存在でしかない」と語っているのは、技術的に救える人間に対して実際に救える人間があまりに少ないという話だが、つまるところこれは「救える人間が多すぎる」という話でもある。



4月18日 木

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