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あなたのおかげで、柿の葉寿司を食べる大人になりました

社会に出て最初の頃にお世話になった上司はとにかくグルメな人だった。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いの延長みたいな感じで「美味しいものを食べたい、美味しくないものは食べたくない」とハッキリしたアティテュードで日々の生活を営んでいらして、私はとにかくその潔さが大好きだった。

以前、そんな私たちが働く職場の近くにデパートがあった。なんならコンビニよりも近かったので時々行っていたのだが、その上司はいつもお昼ご飯をこのデパートで調達していた。毎日美味しそうなご飯を美味しそうに召し上がる上司がある日買っていたのが柿の葉寿司だった。

存在は知っていたがたくさん食べたこともなく、なるほど、ランチに買えばいいのか…と改めて感心してしまうほど、それは内容と量ともにちょうどよかった。秋深まる頃だったからか包みになっていた葉っぱが一部紅葉していて、上司は「いいわね、秋だ。綺麗ね」とニコニコしていた。

その様子がなんというか本当にかっこよくて。バリバリの専門職で多忙ながら、自分が求める美味しいものを選んで食べることによるセルフケアをきちんとして、季節の移ろいに気がついて微笑むことを忘れず。

ていうかお昼に柿の葉寿司をチョイスするの素敵すぎる。あんな大人になりたいと思った。私は忙しいと全身を振り乱して炭水化物を適当に詰め込んでしまいがちだった。だけど、このまま成長して上司のようなスキルにいつか辿り着けるなら、その一方でこんなふうに毎日の楽しみを喜ぶことも忘れずにいられますようにと願った。

数年後、現在。
職業は大きく変わらずだが所属する場所は変わった。未熟さも実感しつつ、自分の武器はこれですと言えるようになった。美味しいものとその思い出にちなむエッセイを書くようになった。あと当時と変わったことといえば、新幹線に乗っての出張を時々するようになった。そしてその度に私は手に取るのだ、柿の葉寿司を。

柿の葉寿司は本当に美味しい。
ありがたいことに東京駅には数多の駅弁があるけれど、私はいつも迷わずに柿の葉寿司。買うのは6個入りで、毎回蓋を開けると裏の「たい たい さけ さけ さば さば」の語感にニッコリしてしまう。

葉の包みを解くと、柿の葉の香りと酢飯の香りが私のそばにふわ、と立ち昇って多幸感が溢れる。あの甘い果実からこの爽やかな葉の香りは想像がつかないと毎回うっとりとしてしまうのだ。一口食べてキリリと締まった魚と酢飯のバランスを味わった瞬間元気になる。もう一口、と行きたいところをなんとか抑えてしっかり味わう。次の一口はほんの少しだけお醤油をつける。これがまた素晴らしいのだ。酸味がちょっとだけマイルドになって、お醤油の味わいによって奥行きが出るような気さえする。一つ目を食べ終わったらちょっとだけ添付のガリをつまむのだ。書いてるだけでため息をついてしまいそうになる。

職場を離れることを伝えたとき、上司はまったくうろたえなかった。残念そうにもしなかった。ただ、「絶対大丈夫!きっと楽しいよ、頑張ってね」と言ってくれた。その時の笑顔も優しくて、いつか誰かを見送るときこんなふうになれたらいいのにと、柿の葉寿司を美味しそうに召し上がっていた時と同じようなことを思った。

出張のときはいつも柿の葉寿司を食べるなんて、自分で言うけどめちゃくちゃイイ。朝早かろうと忙しかろうと自分の食べたいものに忠実に生き、やるべき仕事を全うするのは我ながらすてきなことだと思う。多分他の人がやってたらいいな〜!!とか言っちゃう。

でもこうして新幹線で柿の葉寿司を食べるのは、これからもこの仕事を続けたいと思うのは、上司がいてくれたからなのだ。今の私を見て上司はなんて言うだろう。「いいわねぇ」とか、言ってくれるかな。憧れの上司と過ごした日々のうち、とある昼休みの、ほんの数分。その記憶をいつも、柿の葉寿司は呼び起こしてくれる。

柿の葉寿司、大好き。

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