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ウクライナ語文法シリーズその20:人称代名詞、再帰代名詞

ウクライナ語では代名詞はその意味・機能からいくつかの種類に分けられます。人称代名詞、所有代名詞、疑問代名詞、関係代名詞、指示代名詞、不定代名詞です。

まずは人称代名詞から見ていきましょう。再帰代名詞についても説明します。


人称代名詞

ウクライナ語の人称は一人称、二人称、三人称とそれぞれの複数形で6つあります。
英語の動詞には現在形で「三単現の s」というものがありましたが、ウクライナ語の動詞の現在形ではこの6つの人称によって6とおりの変化形があります。

また、英語では I – my – me と代名詞の変化は最大3つですが、ウクライナ語では名詞と同様、7つの格によって変化します。ただし代名詞では主格と呼格の区別はありませんので実際の変化形は6つです。

それでは、人称代名詞の主格形を一覧してみましょう。

二人称の ти と ви

まず、二人称に注目してください。単数の ти は「君、お前」とあります。「あなた」ではありません。
ウクライナ語では単数の二人称 ти は、自分と同等以下の立場の相手に対して用いられます。日本語のいわゆる「タメ口」におおむね相当すると考えればわかりやすいでしょう。
友人はもちろん、両親や兄弟姉妹、親戚など、また見知らぬ人でも学生どうしや小さな子どもなどに対しては ти で話します。なお、日本人の感覚としては少々違和感があるかもしれませんが、神に対しても ти を使います。

 これに対し、日本語で敬語で話すような相手への「あなた」には、複数形の ви を用います。つまり、 ви が使われている際に一人の相手に対し「あなた」と言っているのか、それとも単純に複数いる相手に対して「あなたたち」と言っているのかは完全に文脈次第です。なお、相手が一人の場合は ти と ви を使い分けることで敬意や親密度の違いが出せますが、複数になると日本語で「あなた方」や「皆様方」となるところだろうと「君たち」、「お前ら」、「貴様ら」のニュアンスになる状況だろうと、ви が用いられます。
文字で書くとき、特に相手が一人で敬語表現として用いる場合は、в を大文字にして Ви と書かれることが多いです。

見知らぬ人に対しては Ви で話しかけるのがよいでしょう。見知らぬ人がティーンエイジャーぐらいだった場合に тиと Ви のどちらで話しかけるかは状況や性格などによってネイティブの間でも分かれるところですが、とりあえず Ви を使っておけば間違いないでしょう。

 なお、日本に比べて「タメ口」の使える範囲は比較的広く、職場での同僚はもちろん、先輩・後輩や上司・部下の関係であっても、親密になれば ти を使います。この際、「今後 ти で話そう!」とお互いに合意することで「タメ口」の関係が始まります。 「на «ти»」 といいます。ソ連時代には手を組んでウォッカを酌み交わすという儀式もあったそうです。

 また、上述のとおりウクライナ語の動詞の現在形は人称によって形が変わるため、代名詞が直接出てこなくともタメ口か敬語かが明らかです。一人の相手に対して二人称の単数形を用いて話せばタメ口ですし、一人の相手でも Ви で話すべき相手であれば動詞は常に複数形になります。

Чи (ти) розумі́єш украї́нську? 「(君、)ウクライナ語分かる?」
Чи (Ви) розумі́єте українську? 「(あなたは)ウクライナ語が分かりますか?」

 

三人称の代名詞

三人称単数の代名詞はそれぞれ男性、女性、中性になります。英語では名詞の性の区別がほとんど失われているため、表す対象がモノや動物であれば中性の it で表しますが、ウクライナ語では一般名詞でも厳密に性を区別しますので、男性名詞を指すときは він で、女性名詞を指すときは вона で表されます。最初のうちはなかなか奇妙に思えるかもしれませんが、文脈をよく見て、人を表しているのかモノを表しているのかを理解する必要があります。そうしないと誤解が生じることがあるかもしれません。

Це – мій брат. Він стої́ть у стола́. 「これは私の兄(弟)です。彼は机の近くに立っています」
Це – мій стіле́ць. Він стої́ть у стола́. 「これは私の椅子です。それは机の近くにあります」

 

人称代名詞の格変化

さて、それでは補足が終わったところで、それぞれの代名詞の変化を見ていきましょう。

まず最初は я と ти の変化になります。この二つの代名詞は変化の仕方がよく似ています。一般名詞とはかなり異なっていますが、当然必ず覚えなければならない変化ですので、呪文のように唱えて覚えてください。

お分かりのとおり属格と対格、与格と処格は同じ形になっていますので、実際に現れる形としては4通りの変化になります。

なお、単数の代名詞の前に前置詞が付くとアクセントが一つ前に移動しますので注意してください。

до ме́не 「私のところへ」(属格)
про ме́не 「私について」(対格)
за те́бе 「君のために」(対格)
у те́бе 「君のところに」(属格)

 次に複数の一人称と二人称 ми と ви の変化を見ていきましょう。この二つも互いに非常に似通った変化形で、最初の子音が違うだけです。

単数の я や ти と異なり処格が対格・属格と同じ形になっていることに注意してください。

  

最後に三人称です。
男性、中性、女性、複数の全てを見ていきましょう。男性と中性は主格以外で同じ形となります。

こちらをご覧になっていかがでしょうか。主格以外は、形容詞の変化語尾に似ていることにお気づきでしょうか。少し歴史的な話になるのですが、古いスラヴ語では形容詞は本来、名詞とほとんど全く同じ変化をしていました。しかし、英語でいう the が付くような限定の意味を表す場合には形容詞の後ろに3人称の代名詞が直結することで表されていました。現代ウクライナ語の形容詞の変化形の語尾はこの形が残ったものです。

注意点として、三人称の代名詞は、前に前置詞が置かれる場合、н- が付きます。この際、単数ではアクセントが一つ前に移動します。特に女性と複数の対格・属格では н- のあとの母音が変わっていますので注意してください。

Я бою́ся його́/її́/їх. 「私は彼/それ/彼女/彼ら/それらが怖い」(属格)
Я піду́ до ньо́го/не́ї/них. 「私は彼/彼女/彼らのところへ行く」(属格)

また、ウクライナ語では三人称の代名詞の具格には、前置詞が付かなくとも必ず н- が付きます。ロシア語をご存じの方は注意してください。処格も н- が付いた形しか挙げていませんが、これは処格には必ず前置詞が付くためです。

  

主語の並列

なお、用法上の注意として、ウクライナ語では「私とあなた」、「君と彼」、「彼と彼女」など主語を並列して言いたいときは日本語や英語とは表し方が異なります。
普通、並列には「~と」を表す接続詞 й/і や та が用いられますが、ウクライナ語では上記のような「誰と誰」という構造を表す時には基本的に使われません。
このような場合は、二番目に出てくる人を表すのに「з+具格」の構造が用いられます。そして、先に出てくる方は複数の代名詞になります。例を見てみましょう。

まず、「私とあなた」は以下のように表されます。

ми з Ва́ми

「私」なのに通常「私たち」の意味の ми を使うのはなんとも奇妙に思えるかと思いますが、これが正しい形です。もちろん文脈によっては ми з вами は「私たちとあなた」、「私とあなたたち」、「私たちとあなたたち」の意味にもなります。

では「君と彼」はどうでしょうか。

ви з ним

になります。

「彼と彼女」はどうでしょう。

вони́ з не́ю

です。

「僕と君」は

ми з тобо́ю

です。

もちろん例えば *я з ва́ми と言っても、かなり不自然ですが意味は通じます。最初のうちはなかなかややこしいと思いますが、少しずつ慣れていきましょう。

なお、念の為断っておきますが、このような言い方になるのはあくまで主語が並列されるときのみです。
以下の例のように、後の代名詞が動詞などの補語として使われる際には、語順の関係で主語の代名詞と「з+具格」が並んでいても、並列の意味ではありませんので主語が単数であれば単数のままです。

Він з ва́ми піде́. 「彼があなた方と行きます」
Я з тобо́ю. 「私が君と共にいる」
Я з ним зго́ден. 「私は彼に賛成だ」

 再帰代名詞

通常の人称代名詞は以上ですが、もう一つ重要な代名詞をここで紹介します。再帰代名詞の себе́ です。文脈により「~~自身」を表します。
なお、この代名詞は主格を持たず、必ず変化形で現れ、主語と同じ人もしくはモノを表します。英語の ...self/ves に相当します。

変化は ти と同じパターンになります。前置詞が付くとアクセントが一つ前に動くのも同じです。

ウクライナ語では主語と同じ対象を表す場合は必ずこの再帰代名詞を使い、主語と同じ代名詞を繰り返すと誤りとなったり別の意味になったりするので注意してください。

例を挙げてみましょう。「私は鏡の中の自分を見た」と言いたいときは以下のような文になります。

Я ба́чив себе́ в дзе́ркалі.

従い、以下の文は誤りとなります。ただし、一応意味は通じます。

*Я ба́чив мене́ в дзе́ркалі.

日本語でも「私は鏡の中の私を見た」と言えなくはないですし文法的に間違いではありませんが、あまり自然な言い方ではなく、どちらかといえば文学作品などで使われそうな言い回しだと思います。

これに対し、以下の二つの文では表す事象自体が異なってきます。

Вона́ ба́чила себе́ в дзе́ркалі.

Вона́ ба́чила її́ в дзе́ркалі.

一つ目の例文では主語である「彼女」が「彼女自身」を見たということになります。
これに対し、二つ目の例文では、主語である「彼女」が、「主語とはまた別の女性もしくは女性名詞で表されるモノ」を見た、という意味になります。

 主語が個人名であっても同様です。

А́нна ба́чила себе́ в дзе́ркалі.

А́нна ба́чила її́ в дзе́ркалі.

このときも一つ目ではアンナは自分を見ていますが、二つ目では別の女性もしくはモノを見ているという意味です。
つまり、特に主語が三人称の時に目的語や前置詞句で主語と同じ性・数の三人称の代名詞が出てきた場合、自動的に主語とは別の人・モノとして理解されるということになります。
このため、ウクライナ語では英語などよりも再帰代名詞の使用頻度が多くなっています。

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